第8章-第72話 きぼうてきかんそく
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でもそんなことをしてもZiphoneグループやいなほ銀行が批判に晒されるだけで全く意味の無い行為であるため、こうやって直談判しにきたのである。
それは慶子さんが会社を割って出た原因が賢次さんの圧力と解れば同じことである。
「とにかく穏便に。そうだ。原曲権は俺が買い取って、シャニーズ芸能事務所の所属タレントに貸し出すことにしましょう。」
「君って本当にいい子ちゃんだね。昔から、そういうところがムカつくんだよ。」
この手の噛み付いてくる人間は結構良くいるので気にもならない。無視すればいいだけだ。
だが今回ばかりは相手が悪すぎる。いったいどうしたものか。
「この子ったら。」
再び慶子さんが手を挙げる。今度はグーだ。流石にそれは拙いだろう。俺はその腕を掴んで止める。慶子さんも止めて欲しかったのかそのまま手を下ろす。
「宗春さんは何が欲しいんですか?」
こうやって噛み付いてくる人間は俺が持っているものが欲しくてたまらないのだ。今の俺なら大抵のものは用意してあげられる。
「・・・有名になることだよ。」
なるほど解りやすい人間のようだ。事務所の力を使い散々有名になりたいと思って頑張ってきたが世間は受け入れてくれなかった。Motyを解散に追い込んで、悪名で有名になったときさえも快感だったに違いない。
「お前・・・そんなこと・・・。」
会長が唖然とした顔を向ける。
「ルックスも歌唱力も演技力も抜群で権力を持つ俺が何で売れないんだよ。しかもMotyは俺が抜けた途端に売れ出しやがって。」
母親にも叔父にも捨てられたから、自暴自棄なのか吐き捨てるように言う。
「解りました。では、新生Motyに復帰してください。元リーダーが2人復帰して片方はド素人の俺で、もう片方はMotyを影から支えた立役者である貴方でいきましょう。当然、世間の評価は貴方に傾くはずだ。」
メンバー内の不協和音は避けられないが、この男が本気で妨害に掛かってくれば同じことだろう。
俺の立ち位置はMotyのメンバーに取り入り、Ziphoneグループの権力を使い、メンバーとシャニーズ芸能事務所の和解を取り持ち、自社の利益を上げるといったところだ。
「トム!」
賢次さんが心配そうな顔をする。本当はそんな顔をさせたくはないが、この場で考えられる最善の手段はこれしかない。
「賢次さん大丈夫ですよ。俺は貴方たちさえ本当のことを知っていてくれさえすれば、世間の評価は要らないんです。ただリーダーは2人要らない。だから、『中田雅美』をリーダーに我々はツートップという立ち位置でいこうと思う。スマンがグループの制御はお前に任せるよ。」
俺は丁度部屋に入ってきた中田に向って言う。後ろには板垣と千吾も居る。板垣にSNSで連絡したからメンバーを連れてやってきたらしい。
世間で悪い評判が立っていることは知っている。それに1つ悪い評判が加わるだけだ。いやドラフト1位指名を入れれば2つか。
「そんな・・・やっとリーダーの下で活動できると思ったのにそれは無いですよ。」
今までの経緯を説明すると納得してくれたが、ガッカリした様子で中田が言う。
☆
それ以降はシャニーズ芸能事務所の全面バックアップでことが進んでいくことになった。それにより、中田、板垣、千吾に対するオファーも格段に増えていった。
テレビ局も多くの有名タレントを抱えるシャニーズ芸能事務所に遠慮していた部分があるらしい。
「何故ですか?」
珍しく北村が噛み付いてくる。メンバーとシャニーズ芸能事務所の和解が出来たため、北村が新生Motyへの参加を打診してきたのだ。
改めて他のメンバーに本当の解散理由を問い質したのだが、宗春さんのちょっかいは解散のきっかけにはなったが、やはり北村の言動によるものが大きいということだった。
北村がこのキャラで俺にベッタリになっただけでも鬱陶しいのにグループに不協和音を持ち込まれたのでは中田や俺の負担が激増してしまう。
さらにグループも既に5人体制で動き出してしまっている。佐藤ひかるさんには女性パートにシフトしてもらって、どうにか宗春さんを入れた男性5人パートとなっている。女性を入れるならまだしも男性を入れる余裕は全く無いのが現状だ。
「無理だと言っているだろう。」
「でしたら、グループとは別に先輩とデュオでデビューしましょう。」
「ああもう少し余裕が出てきたらな。」
とりあえず、この返事で納得してもらった。
でもそんな余裕は全く無い。表面上、山田トムとして、歌手、野球選手、山田ホールディングスの経営者、Ziphoneグループの経営者、蓉芙財閥の当主と5つの顔を持ち、イギリスとチバラギで別の顔を持っているのだ。
とてもじゃないが余裕なんて無い。北村との約束は守れそうにない。




