第8章-第71話 かげのけんりょくしゃ
お読み頂きましてありがとうございます。
「なんてことを言うの。この子は。」
慶子さんが突然入って来たと思ったら、平手打ちする。
「慶子さん!」
「息子が失礼なことを言ってゴメンナサイね。」
慶子さんが目の前で腰を折って謝ってくる。
息子さん?
そういうことは彼女は・・・。俺は賢次さんに向き直る。
「改めて紹介するよ。エニワ・シャニーズ・慶子さんは会長の姉でシャニーズ芸能事務所の影の権力者だ。やっぱり、こうなったか。僕、格好悪いなあ。」
会長の兄弟には芸能事務所の経理を担当する姉と法律事務所を経営する妹が居るのは知っていたが、それが慶子さんとは思わなかった。道理で随分若作りだと思った。
「ちょっ・・・。今までの全部、茶番?」
本気で心配したのに。それは無いだろ。
「ち、ちがうよ。ここに来るまでは全部、本気だったよ。それなのに、ここに来てみたら影の権力者の心を既に鷲掴みにしているんだもの。これだから、トムは侮れない。」
睨み付けると焦ったように言い返してくる。俺の所為かよ。
「母さんがそいつのことを可愛がるからいけないんだろ。叔父さんを唆して追い出したのに何もかも奪うのかよ。」
さらに火の粉が降りかかってくる。俺への嫉妬心で全ての行動をしていたらしい。なんてことだ。
しかも、恋人が居たらアイドルになれないという事務所の方針は、この男が考え出したことらしい。
まあアイドルと由吏姉とでは比重が違い過ぎて即断即決だった。せいぜい、どんな条件を引き出せるかに頭を悩ませたくらいのことだった。
「トムが来てるって!」
後ろの扉から懐かしい面々が入ってきた。俺がレッスンを受けたときの先生方やスタッフたちだ。
今は業界の第一線でマネージメントや振り付け師や演出家、エグゼクティブプロデューサーとして活躍している人たちだ。
☆
「ちょっと待ってくださいよ。」
賢次さんが経緯を説明すると皆が一斉に俺の会社に移ると言い出してきたのだ。しかもマネージメント担当によるとMotyが解散してから、複数年契約だった所属タレントとの契約の殆どが単年契約に変わってきており、タレントごと引き抜くことも可能だという。
板垣をトップに据えた広告企画会社は、猫のお母さん事件を起こし解散した博通堂の人材を吸収したZiphone傘下の広告代理店の協力の下、着々と準備が進められているがなにぶん人材が不足している。
使える人間ならば直ぐにでも欲しいところだが、彼らはシャニーズ芸能事務所というブランドで仕事をしている人々だ。その価値を落としてまで移籍しても同様の価値までたどり着くのに数年は掛かるだろう。
それに協力関係を築いて、そのまま使ったほうが彼らのためになると思うのだ。
「なによ。不満なの?」
大量の人材流出の危機だというのに経営者側であるはずの慶子さんが文句を言う。
「彼らのキャリア形成に汚点を残したくないんです。」
「汚点にはならないわ。私が彼らを率いて会社を割って出ればすむ話よ。もちろん、息子は置いていくわ。」
「ちょっと待ちなさい。何の話をしているんだね。そもそも彼は誰なんだ。」
会長が話しを挟み込む。そうだよな。サングラスを取ったからと言って何十年も前に会った人間を覚えているわけがない。
「貴方はそれだから、人を見る目が無いと言うのよ。山田トム。ZiphoneグループのゴンCEOの娘婿として時の人として一躍有名になった彼は、Ziphoneグループとは資本関係の無い総資産2000億円の山田ホールディングスの社長で蓉芙財閥の当主。そして貴方が20年以上前に追い出したMotyの元リーダーね。」
「それが何だというのだね。」
「あのね。キタ・シャニーズ芸能事務所の所属タレントの主要スポンサーであるZiphoneグループの支援は受けられないでしょ。蓉芙財閥のいなほ銀行はメインバンクなのよ。彼が本気で圧力を掛ければ、この事務所なんて潰れるわね。」
いなほ銀行によると一応良好な融資先だが短期で貸し出す金額が大きく、1度でも焦げ付けば倒産する可能性が高いそうだ。
既に大規模コンサート興行を打っている所属タレントのスポンサーからZiphoneグループが抜け、それを理由にいなほ銀行が貸し渋った場合、自前の資金で回さなくてはならなくなる。
1度や2度なら、ここの土地を担保に他の銀行が貸してくれる可能性もあるが、会社全体で年間数十回のコンサートを既に企画済みで3ヶ月も掛からず潰れるというのが担当者の見立てだった。




