第8章-第65話 出産
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「何ですか。お義父さん。こんなところへ呼び出して。」
ドラフト会議の当日にフィールド製薬傘下の医療法人に呼び出された。別にお義父さんが病気なわけじゃない。さつきが臨月を迎え、大事を取って入院させているだけである。
さつきは暇を見つけては山田ホールディングスの掌握に勤しんでくれているのでちっとも休まないのだ。仕方が無いので俺は命令して入院させている。
フィールド製薬もこの1年で順調に株価を戻している。コモンのHPポーションの再現に成功したニュースが流れたことが大きかった。
当面は点滴の際の添加物としての役割が求められるだろうが、将来的にはドリンク剤への応用を考えている。その安全性は異世界で広く長年使われて保証されているが、現代人に対してショック症状が現われないともかぎらない。
良く考えたら今まで安易に投与しすぎたかもしれない。臨床試験名目で親しい人間には配るつもりだがフィールド製薬の信用問題にも関わるので出来る限り慎重に進めていくつもりだ。
「こんなところじゃないわい。さつきを病院に押し込んでおいて寄り付かないとはどういうことだ。」
いやいやいや。ここのところ忙しかったのはドラフト会議関連で球団社長の業務が激増したからなのに・・・。
「申し訳ありませんでした。」
そんなことを言っても始まらないので素直に謝っておく。
「お父さんこそ、今日は何なの? この人は産気付いたら『移動』魔法で飛んできてくれるから大丈夫よ。」
「いや皆でドラフト会議中継を見ようと思ってな。こういうのは外野から見るのが楽しいじゃろ。」
意外とのんきなお義父さんだ。こっちは『勇者』の3人が他の球団に取られないかドキドキして胃が痛いってのに。特に那須くんは他の球団でもプロテストを受けている。その情報が漏れたらドラフトの上位で取りあいになること請け合いだ。
麻生くんは他の球団にドラフト指名されても契約しないだろうが、穂波くんは移り気だからな契約金次第では諦めている。那須くんは祝福して送り出すべき人材だ。また何処かで縁があるだろう。
『勇者』の3人をドラフトの12人に入れることは決定済みだか、ドラフト順位についてはスカウト陣に任せてある。そこまで口を挟んでは今後のスカウト業務に支障がある。
聞いた話ではお義父さんも推しの人物を1人あげているそうだ。これまで球団には全く来ていないってのに何処で情報を仕入れてくるんだか。
☆
ドラフト会議の生中継が始まった。球団社長の代理人は俺よりもっと野球詳しい人物を送り込んでいる。だが電光掲示板にZiphoneフォルクス1位指名の選手が挙げられるとどよめきが走った。
麻生くんや穂波くん以上に無名な選手の名前が挙がっていたからだ。プロテストの参加者ですらない。あまりのことに目の前が真っ暗になった。
「お義父さんですよね。こんなことを考えたのは。」
ようやく落ち込みから立ち直ったときにはドラフト会議が終わっていた。無事3人の『勇者』を獲得できていた。育成選手の枠が無いことをいいことに30人もの人間を獲得したのは遣り過ぎだったかもしれない。
だがあの1位指名は無いだろ。俺は何のためにこれまで球団のために奔走してきたのか判らないじゃないか。
この人の暴走を止めれる人間は・・・居ないよな。気に入らなければNPBの代わりに新たなプロ野球リーグを設立して優秀な選手を全て奪い取るぐらいのことはやってのけるに違いない。
お義兄さんやさつきから、その役目を俺に求めているのは解っているが無理だ。その頭を平気で怒突けるのは幸子しか居ない。尊敬するよ全く。
「まあいいじゃないか。プロ野球を面白くするには規約内で奇抜なことをやってのけるしかないんだ。お主もそう思ったじゃろ?」
まあ確かに雁字搦めに規約に縛られていることがプロ野球を面白くなさせる要因のひとつであることは否めない。競争社会であるからには資金が潤沢な球団に良い選手が行くのはどうしようもないことなのだ。
資金が潤沢じゃ無い球団はその商業価値を高めたり、資金が潤沢に出せる企業に買収されるべきなのだ。これでは人材が海外に流れていってしまっても止めようがない。
「でも今回ばかりは怒りました。理由次第では絶縁もやぶさかでは無いです。」
今までの球団社長としての仕事を全否定されたも同然なのだ、ここはひとつビシっと言っておく必要がある。
「止めてよ。こんなところで何を・・・うっ・・・。」
何を言っているんだ俺は。妊婦の前で言う言葉じゃなかった。
さつきが突然苦しみ出したので看護師さんを呼ぶと産気付いたらしい。
トムが怒るほどのドラフト1位指名・・・その人物とはいったい?




