第7章-第61話 きえるまきゅう
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「なんだよこの罰金ってヤツは。」
この男はZiphoneフォルクスの問題児と呼ばれている原清投手だ。
野次られたら言い返す。ミーティングには遅れてくる。登板日じゃない日には酒の臭いをさせてくる。ファンにサインを強請られても美女にしかしない。しかも平然とキスまで要求する。
キレると備品は壊す。これは自分が痛い思いをして弁償させているが。
選手控え室に女性を連れ込むことは日常茶飯事。
こんなヤツだからスピード違反に駐車禁止違反と交通法規違反も平然と行なう。捕まっていないだけで飲酒運転もしているに違いない。
「罰金じゃない。次年度の年棒からの減額だ。」
夜の街でもいい噂を聞かない。ホームでは六本木界隈に現われるらしい。しかも暴力団員では無いらしいがチンピラ風の男たちと仲良く歩いているのを目撃されたり、ロード中の地方都市では金にモノを言わせて傍若無人な振る舞いをしているらしい。
まあ夜の蝶に金を吸い上げられて喜んでいるんだから可哀想とも言える。プロ野球選手なんて言っても堅実にお金を残していかなければ引退後に惨めな人生が待っている。
できるはずもないことに経営者として資金を出して破産するぐらいならマシなほうで、引退時にあった貯金も浪費癖が抜けず散財して有名人の奥さんの稼ぎをアテにした生活を送る人間や黄金期の夢ばかり追いかけ続けてクスリに溺れる日々を送る人間も居ると聞く。
「同じじゃないかよ。俺が貰えるはずの金なんだろ。」
「品行方正にしろと言っているわけじゃない。世の中の99パーセントのプロ野球選手なら、絶対にしないことばかりだ。」
「しかもなんだよこの年棒の200分の1の減額ってヤツは、罰金って一定金額じゃねえのかよ。」
「それはそうだろう。罰金50万円と言われてもお前は払えるかもしれんが、年棒500万円の人間には払えるわけがないだろ。罰金というのは普通に払える金額のことを言うもんだ。1回寝坊してミーティングに遅れてきただけで生活できなくなったら困るだろ。」
こんな男でもチームの最多勝投手となれば年棒1億円も出さなきゃいけないらしい。馬鹿馬鹿しいかぎりだ。この手段で更生できるならそれでいいし、出来ずに来年手放すことになってもそれはそれでかまわない。
この男の傍若無人な振る舞いでチームの士気が最悪な状態になっているのだ。
今すぐ放出しないのはこの男にはシンパがいるからだ。チーム内外に結構な数の同調する人間が居るらしい。そういう人間まで放出するわけにはいかない。
「それにこの『プロテスト参加報酬を含む』ってなんだよ。しかも100分の5ってことは500万かよ。」
今回のプロテストの打撃テストは現役の1軍投手が投げるボールを何球かチャレンジできることになっている。
当然、ヒットできるコースに正確に投げれることが投手に対して求められる。それにより次シーズンの参考にするつもりだ。
「ああ参加しなければ500万円の減額ということだな。今回のプロテストは参加者にお金を払って貰うんだ。つまりお客様ってことだ。粗相があったら減額するからな。」
通常プロテストに試験料と呼ばれるものは無い。だが今回は年齢制限や野球経験者の制限の撤廃を行なってイベント化する。足が速いとか強肩だとかそういう理由で育成選手として取り、鍛え上げることを目的としている。
もちろん野球経験者を冷遇する気は無いがプロ野球チームとして個人の技量に頼りすぎていて、初めから野球を教えられる仕組みさえ無いらしい。
今回プロテストのコマーシャルで俺が投球するシーンを撮影することになり、ピッチングを一から教えて欲しいと言ったら、出来ないと断られたのだ。
「こんな契約をのめるはずがないだろ。保留だ。保留。考え直してこい。」
「保留するのは構わないが年棒を1000万円は下げるからな。」
「なんでだよ。普通上乗せするのが当然だろ。」
これだけ言っても俺が放出したがっているのがわからないらしい。
「そんなはずがあるか。それに俺の時給がそれくらいだから、経費を余分に使わせるんだからそれを負担してもらわないと困るな。」
「わかったよ。契約する。契約するよ。」
☆
「スギヤマ監督。こんな仕事を頼んで申し訳ありません。」
プロテストのコマーシャルを撮影するのには専門の演出家とカメラマンが要ればいいのだが、秘密裏に撮影する必要に迫られスギヤマ監督にお願いしたのだ。
「魔法を使った撮影が出来るんだったら、なんでもやるぞ。それでどんなことを披露してくれるんだ? テレポーテーションか? ファイアボールか?」
「あのですね。俺言いましたよね。『球団社長の球を打ってみないか』がコンセプトだと。だから普通に投げるだけですよ。」
「えーそれでは、つまらんだろ。君ならアレができるじゃないか。アレ!」
つまるつまらないの問題じゃないんだけどな。
「アレって何ですか?」
「『消える魔球』だよ。」
「『消える魔球』って何ですか?」
「君って本当に野球を知らないんだな。野球盤ゲームさえもやったことがないのか。」
その場に居た全ての人間に呆れた顔をされてしまった。中学・高校当時に野球が流行ってなかったこともあるが俺がチビすぎてどこの体育会系の部活行っても嫌な顔をされたんだよな。
今回プロテストの規制緩和を行なうにあたり一番力が入ったのは身長制限だった。スカウト陣が異様に175センチ以上にこだわるのでメチャメチャ腹が立った。
草野球でキャッチャーを経験しているという麻生くんを座らせて俺が1球投げてみせたことで黙らせた。騎士レベルまで上げた身体能力がモノをいっているらしい。スカウト陣の目測で時速150キロは出ているということだった。
野球盤ゲームでは変化球を再現するのに文字通り球を消すことで表現をしているらしい。バットを振ればストライクで振らなければボールらしい。
「なるほど確かにできますね。スイングできる部分を『空間連結』魔法を使って飛ばせばいいだけだ。麻生くん頑張って受け取ってくれよ。面から面に繋がるから球筋は変わらないけど一瞬だけ早く届くはずだ。」
一瞬早く到達するというのは簡単そうで大変難しいらしい。伝説の盾を錬金術で作成したというグローブはあの球を取りたいと思うだけで球筋を勝手に読み取ってそちらに移動してくれるらしいが掴み取るという動作は彼がやらなければならないらしい。
30球ほど投げ続けてやっと取れるようになった。
そして出来上がったコマーシャルには1回だけ『消える魔球』で投げたものが入れられたのだが、動画を加工したと思われたようである。まあいいけどね。