第7章-第56話 プロ野球
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「ここは?」
あのモデルルームへ『境渡り』魔法を使った場合、どうなるか全くわからない。下手をすると更なる下位の平行世界に飛ばされる恐れもあって危険と判断した結果、自宅マンションの一室に渡った。
「自宅だよ。」
リビングルームに出るとさつきが暗い顔で座っていた。
心配を掛けてしまったようだ。普段は宥め役の幸子が居るが今はアメリカだ。
「ただいま。今帰ったよ。連絡を入れてから何日経過した?」
さつきをギュッと抱き締める。異世界に渡るのに一番不安なのは時間の流れが全く違う可能性があることだ。向こうで3日半経過しているはずだがこちらで3年半経過していたと言われたら目も当てられない。
「3日と少しよ。まだ休暇中。」
「それでもゴメン。心配を掛けた。」
「ううん。ごめんなさい。お客様よね。異世界の方々?」
さつきが無理に笑顔を貼り付けている。
「違う。多分こっちの世界の人間だ。向こうの世界に召喚されていたのを連れて帰ってきた。フラウさんと麻生くんと穂波くんだ。しばらく住むところを世話してやってほしい。」
厳密には違うが大筋は合っているはずだ。
「ごめんなさい。このマンションには1部屋しか空き部屋は無いのよ。3部屋纏めて空いているのは牛丼のスキスキ国道6号店の2階くらいね。」
「じゃあフラウさんだけ、このマンションね。後は聞いたとおり牛丼のスキスキの2階に住んでくれ。本当は人手不足だからバイトもしてほしいところだが君たちがこの世界の人間だと確定しないと雇用関係も結べないんだ。当面の生活費を渡しておく。」
「牛丼屋のバイトかよ。」
君ならそう言うと思ったよ穂波くん。
怒るのもバカバカしいので黙っていると先にキレた人間が居た。意外にも麻生くんだ。
それもイキナリ殴り倒した。おいおいこんなところで人殺しは止めてくれよ。
「痛ってぇ。何すんだよ劉貴。」
「分からないのか。俺たちはお世話になるんだぞ。贅沢を言うな。この世界が俺たちの世界かどうか調べ上げるのにもお金と時間が掛かる。浦島太郎状態じゃないから時間は変わってないだろうとしかいえないんだぞ。」
「まあまあ。そう言ってやるな。穂波くんが能天気でツッコミ役なのはいつものことだろ。フラウさんと引き離して悪いけど、しばらく我慢してほしい。そのうち嫌でも『勇者』にしかできない仕事を割り振ることになる。そうなれば牛丼屋のバイトのほうが楽だったときっと言うさ。穂波くんならな。」
「俺ってそんなキャラかよ。」
うん。そんなキャラだよ。慣れると意外と怒りも湧かなくなるんだよ。
「とりあえず、履歴書を書いてくれ、それから身元保証人の住所氏名と携帯番号があると尚良いな。その辺りから調べてみる。」
「スマートフォンが無いと季実子さんの電話もわからねえ。」
彼らは召喚されたとき、スマートフォンを置いてきたらしい。
今時の若者にしては珍しい。手放さないどころか触ってないと禁断症状も出るような人間も居るというのに。
「スマートフォンはZiphoneか? それならクラウドサービスの電話帳を取りだせるぞ。」
麻生くんはZiphoneを使っているらしい。それなら俺の権限で電話帳どころか発信履歴、着信履歴まで取りだせる。やろうと思えばメールも取りだせるがそこまではしなくても大丈夫だろう。
「あっ。俺、ドッチデモなんだ。でも、劉貴の友達は殆ど俺の友達だからいいよな。」
全くこういうときは外さないよなコイツ。
☆
全ての手配をして彼らを送り出す。
「そう言えばさつき。お義父さんは何か言っていたか?」
「ええまあ。」
「なんだ歯切れ悪いな。また面倒なことを言い出したのか?」
「Ziphoneフォルクスって知ってる?」
「ああZiphoneグループが所有しているプロ野球球団のことだろう。」
経営難に陥った親会社から譲って貰ったときは常勝集団だったのが最近は万年Bクラスと聞いたことがある。
プロ野球って好きな親父が多いからな。Ziphoneグループの一員として結構話題を振られたりするんだよな。こっちは野球と言えば高校時代に無理矢理応援に行かされた覚えしかない。ルールも碌々知らなかったりする。
「そのZiphoneフォルクスを任せるって。球団社長を任せるそうよ。」
「何を考えているんだ。ド素人の俺に何をしろと。」
「違うらしいのよ。順位とかに関係なく事業としてそれなりに採算の合うものにして欲しいって。本拠地が静岡にあるらしいんだけど、誘致合戦で契約した当初よりも10倍以上の球場使用料を払わされているらしいのよ。」