第6章-第53話 ほろぼす
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王宮と後宮の開放よりもすることが残っていた。
王都の門が閉ざされていたのだ。
「おーい。開けろ! この国は滅んだ。俺が滅ぼした。10を数えるまでに開けないとどうなってもしらないからな。」
王の首を槍に突き刺して、櫓の上の兵士に見えるように掲げて、ゆっくりとかぞえる。
はあ・・・兵士の思考が追いつかないらしい。櫓の上の兵士も下に降りていく気配さえないのではどうしようもない。
俺は腹いせに櫓も門も城壁も一括して、自空間に取りこむ。最大幅500メートルも取り込めるらしい。
『聖霊の滴』にいいところを持っていかれた思いが強かったのかもしれない。
当然、櫓の上の兵士はそのまま墜落して蹲っている。遣り過ぎたか。
「社長。指示してくだされば、全ての城壁を破壊してまいりますが・・・。」
もっと怒っている人間が居た。渚佑子だ。完全にドSのスイッチが入ってしまっているようだ。
「そうだな。お願いできるか。」
「はい。」
完全に冷ややかな視線を返してくる。やっぱり恐いな。少しでも発散して貰わないと結局当られて被害を受けるのは俺なのだから止めるつもりは無い。
「ちょっと何を指示しているのですか。」
そうだ。オールド王子が居たんだった。
「まあそう言うな。これだけの城壁を全て取り壊す予算を考えたら、今見逃したほうが楽だぞ。」
この国の象徴である王都とその城壁、その中にあるさらに高い壁に囲まれた王宮と王の住まいである後宮。最低限度これらの施設が無くなれば人々は縋るところを失う。
永遠に復興など考えられないだろう。『聖霊の滴』から伝わっているだろうが、エミリー王女も10年後を目途に連れ去る。そうすれば唯一の象徴を失う。誰も代わりになれないはずだ。
それに『勇者』ホナミくんの子供を身ごもっているらしいから、離れ離れにさせたくないという思いもある。まあ子供には恨まれるだろうが、それはホナミくんの役目だ。
「何から何まで面倒を掛けて申し訳ない。本当なら全て私がしなくてはならないことなのに。」
ようやく俺のしていることの意味が分かったらしくて頭を下げている。この男は頭を下げることを知っている。どこで頭を下げるべきなのかを知っている。大事なことだ。ただ漠然と頭を下げないことに固執したヴァディス王とは天と地ほど人間の器が違いすぎる。
「まあそう言うな。俺が今できることは大雑把すぎるからな、細々した部分をしっかりとフォローしてくれよ。」
この後、人が居なくなった王宮と後宮を自空間に取り込んで終わりだ。他の貴族たちの屋敷は主が居なくなったから、そのうち瓦解していくだろう。そこまで求心力は無かっただろうからな。
唯一、この男の弱点があるとするならば信頼するパートナーが居ないことだ。何やら乙女ゲームという精神だけがこちらに来た女性を心底惚れていたらしい。側室も持っているらしいがそこまで心を許す女性には恵まれていないらしい。
その女性は亡くなったそうだが、日本に精神が戻り生きている可能性もあるらしい。10年後、再びこの世界に来るときまでに探し出して説得する必要があるだろう。
人っ子ひとり居ない大通りを王宮に向って進んでいく。俺たちに襲ってきた兵士たちは王都のありったけの兵士たちを集めてきたらしい。
この国で唯一残っているのは北西と北東に配置された2つの辺境伯軍だけとなっている。こちらはオークからの守りのため動けないらしい。
いずれオークたちも社会的な営みができるようになっていくのだろうが、そうなるには数百年単位で時間が必要かもしれないし、次々と全ての種族が対話するようになるかもしれない。
既にゴブリンという良きパートナーが出来上がりつつあるのだから、今回のケースが良い経験になったと願わずにはいられない。
王宮には女性しかいなかった。男性は全て兵士として連れて行ったらしい。もしかするとあの農民たちに見えたような人々の仲には王宮に勤める事務方の人間が含まれていたのかもしれない。もう確かめようもないけど。
残っていた女性に王宮の書庫に案内してもらう。やはり、術式に関する書物は禁書として隠し扉の向こう側にあることを渚佑子から知った。
「だから、この壁の向こう側には何があるんだね。」
「何もありません。」
その言葉が聞きたかったのだ。壁に手を入れられるだけの大きさを自空間に取り込み手を入れて全ての中身をゴッソリと自空間に取りこむ。
「本当だな。」
俺は手を入れたところから覗き込むとそこには何も無い空間が広がっていた。
こうやって全ての禁書を自空間に取りこむのだった。




