第6章-第48話 ちょうしょう
お読み頂きましてありがとうございます。
やっぱりね。
一瞬の静寂の後、聞こえてきたのは腹を抱えて笑う人々の姿だった。
どうしたものかな。マジで帰ろうかな。そう思ったのも一瞬だった。
「そこの貴方! あっちの貴方も! こっちの貴方も! 今、笑いましたわね。」
『聖霊の滴』が笑った人たちに向って『ファイアボール』魔法を放ったのだ。
無茶をするよ。この娘。
「「「何をする!」」」
威嚇のつもりだったようで、『ファイアボール』魔法は壁にぶつかって霧散する。それが分かってか血相を変えて、威嚇された人々は怒り出した。
「私は報告しましたよね。
初めて訪ねたゴブリンの村とも言うべき暮らし振りはまるで農村のようだと。
攻めてきたゴブリンたちは軍隊のようでしたと。
王都の民衆たちが逃げるときも静観するだけで襲ってこなかったと。
今王都に居るゴブリンたちを見ましたか、占領軍の兵士のように整然と並んでいます。
はぐれゴブリンも『話し合い』の使者だったかもしれません。
ここ20年はゴブリンたちによる女性の誘拐も発生していないし、農村を襲って食糧を強奪したことも無かったと聞いています。
これだけの社会性を持つ亜人たち、イヤ亜人の国に私たちは非人道的な侵略行為を行ってしまったんです。
初めから『話し合い』による解決をすべきだった。そうですよねトム陛下。」
あれあれあれ。全部、言われてしまったよ。
「100点をあげるよ。補足しておくと、500年前にあったゴブリンたちとの戦争でも人族・ゴブリン共に相当な被害を出して『勇者』が通訳して、休戦協定を結んでいるようだね。」
幾度となくあったゴブリンたちとの戦争の内容はひた隠しにされていたようで『勇者』たちは知らなかった。そこで渚佑子に歴史書の紐を解いて貰ったのである。
渚佑子には気付いて欲しかったんだけどね。余程悔しかったのか顔色は少し青白かった。
周囲からは『腰抜け勇者』という声が聞こえる。
当時も良くて相打ちに持ち込めるかもという戦況で、休戦協定に持ち込めなければ、ヴァディス王国は瓦解していただろうと言われている。ギリギリの選択たっだらしい。
戦争の犠牲を最小限に抑えることは英雄のすることでは無いのかもしれない。だが現代世界から『勇者召喚』された人ならば当然のことと言える。
「それをゴブリンたちが覚えていたのじゃないだろうか。人族から『勇者召喚』したらしいという情報を身振り手振りで得たゴブリンたちが通訳をして貰おうとしていたとしたら、まだ話が通じるかもしれないな。」
「話はわかった。我々が『勇者』を通じて『話し合い』をしろということでよいのかな。」
ようやく話を聞く気になったのか。ヴァディス王が聞き返してくる。
「違うな。俺が第3者としてゴブリンたちに休戦の条件である損害賠償の大枠を決めてくるしかないだろう。『勇者』の言うことも君たちの言うことも耳を貸さないに違いない。」
「お前にその力があると言うのか?」
失礼だな。この宰相。何故、この期におよんで虚勢を張れるのだろうか。
「ああ俺がここに居られる日数も少ないので多少手荒な手段を使ってでも、話を纏めてきてやる。こうやってな。」
俺は、謁見の間の3階の屋根部分を自空間に切り取る。
「渚佑子。今だ! もう一発。さらにもう一発。」
事前に打ち合わせしていた通り、空に向って爆破魔法を撃たせる。
次々と2階部分の壁の一部が空に吹き飛んでいく。3回撃たせたことで上空から落ちてきたのは粉々に砂状になったものだけだった。
これでヴァディス王国の人々の度肝を抜いただろうし、王宮の周囲に居るはずのゴブリンたちへの示威行為にもなったはずだ。
「わ、わかった。お、お願いする。」
ヴァディス王は這う這うの体で態度だけは低姿勢に転じてきた。
ここまで追い詰められているからこそ、プライドだけでも守れる手段に転じようと図ったのだろうがどう考えても無駄死に過ぎる。王とはどんな場合であっても民の無駄な死に方をしないように努めるべきだろう。
そう今こそ王が頭を下げるべきときなのに、分かっていないらしい。
「本当ならここまで圧倒的に負けていたのでは命だけでも助けてやってくれと言うしかないだろうが、なんとか国としてやっていける程度まで条件を引き出してみよう。最低限、王の謝罪と退位・国土の3分の1を割譲くらいはできるように取り計らってくれ。」
どんな国の王であっても、これだけ大量に犠牲者が出た圧倒的な敗戦では、謝罪と退位は基本である。現代世界でも普通は第二次世界大戦で日本が行なったような手段は常識的に通用しない。あれは偶然GHQの意向とマッチしただけで、昭和は20年で終わるのが普通だ。
当然、その場に居た貴族たちが騒然としだした。自分たちの領土が削られるかもしれないのだ。
「明日の朝までに条件を決めてくれ。もちろん好条件なら好条件のほうが良い。最低限の条件も呑めないのなら俺は『勇者』たちと一緒に帰るよ。」
「それでトム殿には何をお渡しすれば良いのかな。タダでやってくれるわけではないのだろう?」
この世界に『ただより恐いものはない』ということわざがあるかどうかわからないが、何か条件があるのが普通だろう。
「ああ。祠にある『召喚』の術式とこの国とヴィオ国にある術式に関する書籍を全て頂いていく。何度も『召喚』されては敵わないのでな。」




