第6章-第46話 異世界召喚が多すぎる
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「大切な女性なんですね。」
いかんいかん思わず怒気を含んてしまった。だが目の前の女性から返ってきたのは場違いなセリフだった。もしかして恋愛脳状態なのだろうか?
女性は時として恋愛脳状態に陥ることが度々ある。どんなことでも、恋愛と結び付けたがる状態のことをそう勝手に俺が思っているだけだが・・・。
そんな状態の女性を前にして怒っても無駄だ。心に平静に戻そう。深呼吸をしていると冷静さを取り戻すことができた。
「かけがえのない女性だ。」
下手をしたらセクハラを疑われるから、本人には言えないけど。ある意味奥さんたちよりも重要な立ち位置に居る。
「失礼しました。丁度、貴方の前方3メートルくらい先で忽然と消えました。魔法書で解読した術式によると『送還』の扉は、およそ1時間開いた状態になるそうです。」
女性は素直にこちらが聞きたいことを喋ってくれる。恋愛脳状態の人間に対しては、素直に恋愛っぽい回答をしておけば、素直になってくれることが多いことはこれまでの経験で分かっている。
なるほど、結界の手前か。渚佑子は話し合うつもりで近づいていったんだな。人が出られないような結界と属性魔法の反転の魔法陣くらいしか設置していない。
こんなのどうやって対策すればいいんだ。
かなりの想定外とはいえ、引っかかったら帰ってこれなくなる異世界だ。どんな小さい確率でも事前に対策しておかないといけない。
召喚場所をもっと奥のほうに設定しなおす。想定マニュアルを作る。この2つは対策する必要があるな。
「それはありがたい。それでは、渚佑子を向こうの世界に行って連れて帰ってくるから、君たちはここで大人しく待っていてもらえないだろうか。食事なら奥の給湯室に非常食がおいてあるから、長くても4日程で戻ってくる。」
「待ってください。俺たちも連れて行ってください。」
この中で一際、目を引く男性が進み出てきた。『勇者』だから、現代世界の日本人だろう。どこかで見たことがある気がする。指環の『鑑』で確認する。麻生劉貴、漫画家か。タレントでもしているのかな。
「君たちはこちらの世界に帰って来たかったんじゃないのか?」
『送還』の扉で送り届けると言っていたよな。
「俺たちは何も果たせなかったんだ。トムさんが向こうに行ったら戦うんだろ。」
『鑑定』スキルで見られているのか。まあこちらも見ているのだから、仕方がないな。
「わからない。君たちの言う。国の危機がどの程度かによるな。なにせ休暇は4日しかないんでね。」
向こうの世界の時間の進み方によっては何年も時間があるかもしれないが期待しないほうがいい。
「休暇だとう! そんなことで何とかなるものか。ふざけるなよ。」
隣の男が噛み付いてくる。穂波志正、フリーターか。こちらも綺麗な顔立ちをしている。童顔だから可愛い顔立ちと言ったほうがいいかもしれない。本人には絶対言えないけど。
「ふざけているのは、そっちだろう。俺の肩には何万人もの従業員の生活が掛かっているんだ。これだけの休暇を取るだけでもどれだけ大変か。それもお前たちが勝手に渚佑子を召喚しようとしたからだ。例え4日でも対価は払ってもらうつもりだからな。」
「すみません。ごめんなさい。私たちはもう少しあの世界の人々にお役に立ちたいんです。対価は何でも払いますから、連れて行っていただけませんか。」
女性が男の代わりに謝ってくる。渚佑子の名前を出したことが功を奏したようだ。
「わかった。あとの人間もそれでいいか。対価はきちんと払ってもらうからな。無駄死にするなよ。」
その場に居た人間全てが頷いたので、結界を解くことにした。
『聖霊の滴』なんて称号持ちなんだから、聖魔法の攻撃魔法を使えばモデルルームを壊される可能性もあるからな連れて行ったほうが安心か。
結界を解くと彼らを先に行かせ、俺が後に続いた。
★
向こうの世界は洞窟だった。元は薄暗かったんだろうが、渚佑子がLEDランタンを灯していた。万が一のために数々の道具類を『箱』スキルの中に入れてあるらしい。
まあ俺の自空間のようにミサイルや建物などは入れられないが手に持てるようなものは粗方入っていると聞いたことがある。
「大丈夫だったか?」
俺は渚佑子の傍に行くと声を掛ける。
「社長!」
一瞬、間が空いて俺の胸に飛び込んでくる。
今の間はなんだったのだろう。珍しく彼女が声をあげて泣いていた。相当不安だったのだろう30分ほど抱きついていたが、顔を上げるともう涙の跡は無かった。
俺の服で拭いたらしい。
まあ、鼻水さえつけていなければいいけどな。




