第5章-第44話 だだっこ
お読み頂きましてありがとうございます。
「何も知らんぞ。何も知らん!」
ドッコデモの会長とお義父さんで博通堂の会長宅に急襲しての第1声がコレだ。
これじゃあ、自分がやったと言っているのも同然なんだが、美術系の人間は良くわからない。
彼は博通堂創立者の娘婿で美大出身なのにトップまで上り詰めたのは、才能があったからなのだろう。
だが、こういった交渉事に関する才能は無いようだ。
「それじゃあ、言い方を変えましょう。お孫さんは可愛くないんですか?」
別に誘拐し返すとか殺すとか脅しているわけじゃない。
現に俺がそう言った途端、相手の男はその場にへたり込んでしまった。
事前にさつきの調査会社が聞き込みをした結果だ。それまでは静かな邸宅だったのだが、ここ数日で急に人の出入りが激しくなっている。しかも、今まで居つかなかった。娘婿の顔を頻繁に見かけるという話だった。
博通堂の会長宅は東京都の端にある結構大きな邸宅で周囲を山林で覆われている。
ここでは会長と会長の娘親子が住んでおり、娘夫婦は離婚している。
ここに『チョン』が居ることが分かっている。何かあったと思うしか無い状態だったのだ。
そこに勤めているお手伝いさんを簡単に話してくれた。ここにはシェルターがあり、会長の孫娘が猫と共に籠城を始めたのだという。
彼女は心臓が弱く日々の薬が手放せない状態らしい。一応10日分の薬は持ち込んでいるはずだが、もうそれもあと2日で無くなるということだった。
「CMが放送されたら猫は返すつもりだったんだ。」
もし別の猫で撮影が完了して放送された後に別の猫だったことがバラされたら、猫のお母さんシリーズは放映出来なくなっていたところだった。被害者はZiphoneだとはいえ、Ziphoneが嫌いな人間にとっては格好の標的だ。逆にバッシングされていた可能性が高い。
「貴様があんなタイミングで記者会見を行わせるから、急いで処分しなければならなくなったんだ。」
なんて短絡な。
俺も殺される可能性を考慮しなかったわけじゃないが、素直に返した場合に比較して殺した場合では社会的責任を追求される度合いが高過ぎてリスクが大きすぎる。返さずに何処かで解放するつもりなら、俺にくっついているテレビレポーターを引き連れてその現場を押さえてやるつもりだった。
万が一、猫を殺したとバレれても器物損壊罪くらいだろうという思いが強かったのかもしれない。
「それで猫を殺されると察知した、お孫さんが籠城してしまったんだな。」
シェルターとは厄介だ。換気扇くらいはついているだろうがフィルター付きだろう。連続空間じゃないと『移動』魔法は使えない。空間連結魔法は知っている場所しか繋げられない。
やっぱり、シェルターを破壊するしかないのだろうか。
これなら、さっさと指輪の『偽』を使って誰かに化けて屋敷に忍び込んだほうが早かったか。
不法侵入だからと躊躇ったのが間違いだった。ドッコデモへの疑惑で契約変更件数が伸びたから、猫のお母さんを空間魔法で監視するだけに留めたのが拙かったみたいだ。
「そうなんだ。今も孫が中で倒れているかもしれないんだぞ。娘の説得にも娘婿の説得にも耳をかさないし・・・。」
「業者は呼ばなかったのか?」
「到着を待っているところなんだが、外国の業者で外側から開けるのに1週間も掛かると言うんだ。」
「ということらしいです。お義父さん。帰りましょうか。」
振り返ると2共真剣にスマホと格闘しているところだった。
「お前ら何をしているんだ!」
「何って、先程の証言映像をドッコデモに送付したんだけど。意外とスマホって難しいな。」
おいおい、携帯電話会社の会長がそれでいいんかいっ。
隣でさらにモタモタと映像を送っている御仁もいるけど。ゴンCEOだ。まあ映像配信を行うときは専属のスタッフが操作しているからな。仕方が無いか。
今頃、このヨウツブにアップロードされた証言映像がドッコデモの公式サイトとZiphoneの公式サイトから流れているといいなあ・・・。
「助けてやらんのか?」
「ドッコデモの会長の居る前ではちょっと・・・。」
それほど緊急というわけでもなさそうだし、『チョン』のご飯は沢山持ち込んでいるみたいだし。
「ええっ。せっかく現場で生でトムの活躍が見れると思ったのに・・・。さつきや賢次や大統領の前では見せるくせに・・・。ヤダヤダ、見せてくれなきゃヤダっ!」
「・・・・・・。」
この駄々っ子は誰だ。俺の中でお義父さんのイメージが音を立てて崩れていく。




