第4章ー第39話 いちばんこわい
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「これは『勇者』の彼の身柄引き受け代金がわりだ。」
俺はパリスさんの前にオリハルコンのインゴットを取り出す。
チバラギ国の通貨でもいいのだが、戦争中の相手国でそのまま使えるとは限らないからな。
「これだけのものを敵国の人間のためにポンと出せるなんて男前ねえ。」
いきなり、パリスさんが俺の腕を掴んでくる。
この視線には覚えがあるぞ幸子がベッドの上で妖艶になったときのものにソックリ・・・いや、数段上をいっている。蛇に睨まれたカエルというところか。マイヤーを連れて来るべきだったかも。
そのまま腕を引っ張られて彼女の腕の中にすっぽりと収まる。
外見的妖艶さも幸子の数段上をいく。マイヤーから900歳を超えていると聞かされているが、幸子と違い身体の線は少しも損なわれていない。
何十人も子供を産んだとは思えない弾力を保っている。逆に言えば、それだけの男たちをこの身体でたぶらかしてきたということだ。これは強敵だぞ。
「侯爵。マイヤー夫人を連れてきますよ。」
後ろで渚佑子がボソリと呟くとパリスさんが離してくれた。
今、何を言ったら効果的か、わかっている。ほんと、君が冷静で助かるよ。
俺と言えば、君に身体の一部が反応したことを知られないように冷静になるのが精一杯だったというのに。
「よくあんな『エルフの里の火薬庫女』を嫁に出来たものね。私も屋敷を無くしたく無いから、今日はこの辺にしておくわ。」
マイヤーに付いている代名詞は気になったが聞き流しておくことにする。マイヤーはいったいどれだけの屋敷をぶっ壊したのだろうか。
「それで如何でしょうか?」
思わず下手に出てしまう。既に交渉では無くなっている。まあこれ以上手札を切る義理もないので、交渉が決裂したらそれまでだが。
「そうね。ハリスのこともあるから、最善を尽くすわ。ただ恋愛事に関しては子どもたちの自由にさせているの。どんな結果が出ても怨まないであげてほしいの。もし、彼がチバラギ国に行かないとなれば、この資金はチバラギ国に宿屋を建てるための資金に活用させていただくということをでいいかしら。」
いいも悪いも無く。決定事項とされてしまった。900年以上も交渉事に携わってきたのだろう。ちゃんと落としどころも見えているようで否と唱えられない範囲内だ。
「はい。それでお願いします。ハリスさんも前向きに考えて頂けると嬉しいです。」
同席していたパリスさんの娘さんにも声を掛ける。
「こんなによくしていただいてありがとうございます。彼とよく話し合って決めたいと思います。」
『勇者』の彼に対するハートマークが見えるようだ。
ただ問題は、『勇者』の彼だ。彼だけは、この交渉が始まってから何も発言していない。
別にチバラギ国に対して悪い印象を持っていないのはわかっているし、アルメリア国から心が離れていることも見ただけでわかる。
だが納得していないのだ。どうしても誰かに頼った形で解決しなくてはいけないことに憤っているようだ。
こればかりはどうしようも無い。彼が正解を掴んでくれるのを祈るしかできない。
彼がチバラギ国に来るにしても、自分で納得できる形になるまでには数年は掛かるかもしれないな。
「では、サトウくん。なるべく早く方針を決定してパリスさん経由で伝えてくれ。『勇者』の彼女のアサダさんのことも忘れないように。」
念のために釘を刺しておく。彼の態度如何では、『勇者』の彼女は生涯、隷属の首輪を外せなくなってしまう。
*
アルメリア国には、国王というものが存在しない。
4大侯爵家が順繰りに国の代表である首相を勤めているらしい。
今現在の首相は、31代ダンジロウ侯爵家当主が勤めているらしいので、パリスさんを通して面会の申し込みをしたところだ。
場所は行政府の建物の前に設定した。
「君がチバラギ国のトム・ヤーマダ・チバラギ殿か。要件はなんだね。」
「停戦交渉をお願いいたしたい。そちらの現場指揮官が意固地でね。直接最高司令官である貴方にお願いをしにきた。交渉材料は、そちらに居る現場指揮官の枢機卿の身柄と3000体を超える歩兵の遺体だ。」
「3000体だと。枢機卿本当かね。それで何故引かんのだ。歩兵の1割を失った時点で敗戦だと言ってあっただろうが。君が言っていた精鋭部隊や高額の予算を注ぎ込んだ戦車はどうなったのだ。ああ言わんでいい。その態度で全てわかる。」
意外と話がわかる最高司令官のようだ。少なくとも洗脳を受けていないのは助かる。
「精鋭部隊の遺体は、いずれエルフの里とドラゴン国の連名で引き渡しがあると思う。彼らの装備は犬王国お呼び狼王国の復興に使わせてもらうそうだ。」
「何っ。貴様っ! エルフの里とドラゴン国まで敵に回したというのかね。」
最高司令官であるダンジロウ侯爵が枢機卿をつかみあげている。
サトウくんは前作「異世界!チンプでチープ」にも登場しており、彼にどんな将来が待っているかは、そちらをお読みください。結構ヘビーな状況なので、彼を救出する小説=カルト教団をぶっ潰す小説も書かなきゃね。