第4章ー第38話 かるときょうだん
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「拙いな。」
俺は少しばかり焦っていた。
戦況は悪くないどころか、アルメリア軍の3割を超える歩兵が転移魔法陣などのトラップに引っかかり、亡くなっている。こちらの被害はゼロだ。偶々、魔法陣のトラップを潜り抜けてきた兵士を数人ががりで殺す際にケガ人が出るくらいですぐにアヤが治してしまう程度だった。
何を焦っているかというと進軍が止まらないのだ。普通だったら1割、強行軍なら3割の兵士たちを失ったら、指揮官が作戦を練り直すために一時的撤退するものなのだ。
夜になってようやく進軍がが止まっただけで翌朝には再び進軍が開始されそうだった。
「驚いたかね。アルメリア軍は永遠に不滅だ。」
「これは、洗脳かな。まさかカルト教団化が進んでいるとは思わなかったな。」
「教祖は『グル』とか呼ばれていたわ。」
「教団内部は外部から完全に閉鎖され、多くの人間が自給自足の生活を送っていたよ。」
「もしかして、信者たちが首につけていたのは魔法具で洗脳する道具だったのかな。」
「それはあり得るかも、隷属の首輪に似た反抗心を弱める魔法具を教団幹部しか扱えないようにしたものを奴隷商人に売りつけていたからな。」
『勇者』たちの言葉から、状況証拠がドンドンと浮かび上がってくる。
現代日本で近年起こったカルト教団による事件でも、薬物による幻覚だけでなく電気的信号により脳にダメージを与えることで意識を朦朧とさせて教祖への忠誠を誓わせたというからな。
魔道具で同じような現象を起こすことは可能だ。実際に俺が開発した脳に映像を送り、バーチャルリアリティー体験をさせる魔法具も悪用すれば、見た人間が何らかの行動を起こさせるようなこともできる可能性がある。
ましてや魔道具を修行の一環として強制的に長時間つけさせることができるならば洗脳することもできるかもしれない。
参ったな。これはバーチャルリアリティーを開発していく上での課題だぞ。少なくとも長時間付け続けることになるであろうゲームなどは、映像送信サーバーを管理・コントロールする必要があるということだ。
「参ったな。アルメリア教団がカルト教団化しているとすると教団幹部である枢機卿をチバラギ国内に長く留めておくことは危険だな。3千を超える歩兵の死体と共にアルメリアに送り届けるとしようか。」
現代日本のカルト教団の事件でも教団幹部がテレビ番組に出演したりして、あっという間に信者が増えていったらしいからな。少しでもチバラギ国民に接触させるのは危険極まりない。
それにこれだけの数の死体を始末する費用もバカにならない。教団が弔ってくれるならそれが一番いいだろう。
「マイヤー? パリスさんはアルメリアに戻っているんだったな。」
「そうね。ハリスと共にアルメリアの屋敷に戻っているはずよ。」
「ハリスが? それは良かった。」
彼の話によるとハーフエルフの彼女は森の民である狼王国の人々と戦い、緑の加護を失ってしまったという。
戦力として期待できなくなった彼女をエルフの里に置いてきたのだということだった。
「君も付いてくるかい? ハリスさんと良く話し合って今後どうするか決めるんだな。パリスさんに頼っても何とかしてくださると聞いているし、ハリスさんと共にチバラギに来てもらっても構わない。」
枢機卿と彼と渚佑子を連れ、国境周辺に設定した魔法陣の転移先に設定した穴や高架下に落ちて動けなくなっている兵士たちに渚佑子がトドメを差して殺した上で俺が自空間に取り込んでいく。
非情だが、この世界には捕虜にするという概念もなければ条約も無い。しかも洗脳されているとすれば帰化を勧めることさえ危険だ。
これは異世界での戦争なのだ。仕方が無いのだと自分に言い聞かせるしかない。
「こんな高速道路まで作られているのか。しかも道路の左右に作られた運河はコンクリートでできているじゃないか。ここは急速に近代化が進んでいるんだな。中世と近代の人間戦えばこうなるのは仕方がないな。」
『勇者』の彼はブツブツと呟いている。