第3章-第28話 すぽんさー
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賢次さんと結婚式で作詞家と作曲家という意外な関係が発覚してからというもの、賢次さんが培ったコネを利用させてくれるようになった。
お義父さんも携帯電話会社という本業をほったらかして、副業を活発化している賢次さんに苦言を弄しているらしいが、義理の兄弟2人で出かけることには何も言わない。
「また一緒なの?」
それはこちらが言いたい。
今日は賢次さんが知り合いの映画監督を紹介してくれるというので、アメリカのロスアンゼルスにある映画館で行なわれているブリリアントリリー賞の授賞式にお邪魔している。
英国王室ケント王子が同行している。
賢次さんがお気に入りなのはわかるが、こういった公式イベントで同行することになることが多い。イギリスやイギリス連邦の公式行事だけで、年間百以上の行事をこなしていると聞く。
いつも不思議に思っているのだがこのバイタリティーは何処からくるのだろう。この人ほど、バイタリティーという言葉が似合わない人はいないと思うほどダラケた姿を見せてくれる。
毎回付き合わされるSPも大変である。王子は男性SPよりも女性SPを連れてくるほうが多い。それも屈強そうな女性ばかり、何か特別な意味があるのかもしれない。
「渚佑子、すまないが向こうの警備担当を含めた形で周辺警備体制の組みなおしを。」
俺と賢次さんだけならば、何かがあったときにその場を渚佑子に任せて『移動』で逃げ出してしまえばいいのだが、ケント王子が一緒ではそうもいかない。
「ジェミーは、会場の警備担当者に説明をしてきてくれないか。」
さつきが妊娠中のため、最近海外に出てくるときはこの2人を連れて来ることが多い。片方は『勇者』でもう片方は元軍人、背中を任せるのに十分すぎる人材だ。
*
「こちらがスギヤマ監督だ。監督は去年のブリリアントリリー賞の作品賞を受賞していて、今回はプレゼンターを努められるのさ。」
「山田トムです。よろしくお願いします。」
世界的に有名な映画監督と握手する。思わず手が震える。
彼が撮る作品は民族性を上手く描き出すものが多い。ブリリアントリリー賞の作品賞を受賞した映画はアメリカ人の民族性という無いようでしっかりとある感性を描き出して、見事作品賞を受賞したのだ。
ただ彼の作品は、描き出した国の民族性に対しては共感を得やすい反面、他の国では中々共感が得られないため、全世界での興行収入という面ではビジネスにしにくい。
「今度、日本人向けの映画を撮るつもりなんだそうだ。スポンサーになってやってあげてほしい。」
「俺に頼むよりは、お義父さんに頼んだほうがいいんじゃないか?」
「ダメなんだ。昵懇にしている七星映画とは別の配給会社を使うことになるだろうから、それに僕は親父みたいな大博打をするのが苦手なんだ。個人の金とはいえ、あんなふうに10億円以上の金をポンポンと良く出せるもんだ。」
「映画製作って、いくらぐらい必要ななんですか?」
ハリウッドで製作される有名な映画は1億ドル以上だと聞いたことがある。
「今回製作する映画の予算は10億円だ。安いもんだろう?」
「でも監督の撮る映画って、撮影期間と費用が2倍以上に膨れ上がるとお聞きしましたが。」
「良く知ってるな。そこそこ納得がいくまで創り上げるとそんなものだな。」
「そこそこですか?」
「ああ。良いスタッフ良い俳優に恵まれると幾らでも映画の質を上げることができるからな。ついつい期間と費用をかけてしまうのさ。今回は、映画配給会社からゴリ推しされた女優と友人の娘を使うつもりだから、そこまで期間は延びないと思うよ。」
「ほら、えっと親父がスポンサーになった映画の主演女優……そうそう『西九条れいな』だっけ。あの娘も参加すると聞いたな。」
その名前をここで聞くことになるとは……。まだまだ、俺にも彼女を応援できる手段が残されていたということか。
「ああ。それが友人『和田部タケシ』の娘だ。あいつには無名監督時代に取り返しのつかないことをしてしまったから、ひとつくらい貸しを返しておかないとな。娘がアイツみたいに大根だったら困るが、娘の映画はなかなか良かったから、期待できるかもしれん。」
「大根なんですか? ブリリアントリリー賞にノミネートされたこともあると聞きましたが……。」
「あれは参加した映画が良かっただけさ。アタリ役だったしな。詐欺師役が似合う役者はそう居ないな。あの映画は作品賞を受賞したはずだ。」