第2章-第20話 ほりもの
お読み頂きましてありがとうございます。
「ありがとうございました。これで旅館の信用を落さずにすみます。」
目の前で隣の旅館の経営者であり、旅館組合の組合長でもある男がさっぱりした顔で頭を下げている。このまま、全額払ってくれるといいんだがな。
女将さんは現金を旅館の金庫に入れて、その足で自家源泉の切り替えを行なったらしい。だから、露天風呂は加温ろ過循環されている。
「いえいえ。私どもも組合長にはこれからイロイロとお願いすることがあると思いますが末永くお付き合いをお願いします。」
回りくどい言い方だが直接的に脅すようなやり方は得策ではない。俺が恨まれるだけならまだしも、この旅館を経営してもらう従業員を逆恨みされたのでは適わない。笑顔を添えて頭を下げる。
「いえとんでもない。こちらこそ末永くよろしくお願いします。」
組合長は酷く恐縮している様子だ。どうやら薬が効きすぎたようだが、まあいいか。
組合長はこの旅館とも付き合いが長いのだろう。いろいろと話を聞かせてくれた。特にあの番頭についてだ。あの番頭が旅館に雇われてから、借金が増えていったらしい。
白旗の湯の温泉利用権の割り増しをしているにも関わらず、加温ろ過循環装置を導入しているなど不審な点も多い。あの番頭が関わった件は調べておかなくてはならないだろう厄介なことだ。
「もちろんですよ。旅館組合でもあの男が関わっていることを内々に調べておきます。」
俺が協力をお願いすると快く引き受けてくれた。
*
話が女将さんの子供時代のことに及んできたので部屋に戻ろうとしたときだった。
突然、旅館の玄関から数名の男たちが乱入していたのだ。男たちの上半身は裸で立派な刺青が彫られている。俺は例の紐パンにMPを投入すると女将さんと組合長を庇う。
これが置屋組合の男衆なのだろうか。これじゃあ、立派なヤクザだ。
「ああっ。お前! 良くも騙してくれたな。金を返せ!!」
番頭が現われるとすぐさま、組合長が反応する。
「男衆まで! ということはこの件には置屋組合が関わっていたのか!!」
さらに浴衣姿の男たちが現われると組合長が叫ぶと、男たちは目を白黒させた。
「やあ。××組の若頭じゃないか。久しぶりだね。」
そこに現われた刺青を背負った男のひとりに知り合いの顔を見つけた。
「社長。それに渚佑子様まで・・・。」
渚佑子様って。何をやったんだ。幸子の件があって貴金属買取ショップを何度か覗きに来た若頭が現われなくなったのって、もしかして・・・。
俺が渚佑子の顔を伺うとニッと笑われた。よっぽと渚佑子ほうが恐いと思うぞ幸子。
「どうしたんだ。早く動いてくれよ。」
あの番頭が若頭たちに隠れるように言い募る。
「ダメだわ。草津の、俺たちはこのお二方に恩があって動けない。他を当たってくれないか。」
「恩だと。」
「そうだ。社長には詐欺を見逃してもらったし、こちらの渚佑子様には堅気になったあとに吹っ掛けられた喧嘩の際に命を救って頂いたんだ。」
なるほど。俺に対するものは安田さんにでも聞いたのかもしれないな。でも渚佑子に対する恩がよくわからない。
「渚佑子。そうなのか?」
渚佑子がヤクザを助ける図ってのが想像できない。どちらかといえば、叩き潰すの間違いじゃないか?
「ええまあ、そのあとお願いしたのですよ。お店に顔を出すのは止めてほしいと。」
なるほど。それなら分かる。分かるけど、渚佑子にしては随分穏便な案だな。
「それに最近、朝鮮マフィアが勢力を伸ばしてきていて、うっとうしいので掃除をしただけです。彼らはもう堅気ですがその手の情報は入手しやすいので動いて貰っています。」
だからか。あの近辺が異様に治安がいいのは・・・。もう何も言うまい。
「ちなみに若頭が今回の件を請け負ったのはどういうわけなんだい?」
「ああ。単純なことなんだが、俺たちみたいな刺青を背負った人間は普通温泉に入浴できないんだ。だか草津のは昔からヤクザ者に旅館を貸し切りで使わせてくれたり便宜を図ってくれるんだ。それを頼りに今回も来たんだが・・・トラブルがあったということで勝手出てきたわけなんだ。」
「大変なんだな若頭も。」
「そうだな。堅気になった今じゃ、刺青なんて不要の産物なんだが、全て消すとなると大金が必要になるんですよ。」
「渚佑子。あれ消せるか?」
俺は渚佑子に囁くと直ぐに回答があった。
「そうですね。タダの切り傷ですから治癒魔法で治ります。」
断言をするところをみるとやったことがあるらしい。もちろん、ヤクザに対する嫌がらせでやったのだろうが・・・。
「若頭はそれを消したいのか?」
「はい。お前たちもそうだよな。」
周囲に居た刺青を背負った男たちも同様に頷くと俺の意図を汲み取った渚佑子が歩み寄っていく。刺青を背負った男たちがビクビクしているのが面白い。ひとり辺り、ものの数秒で刺青が消えていく。
「これで向こうにつく理由も無くなったよな。こちら側についてくれるか?」