第1章-第12話 こうけんにん
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「そういえば、兄は何だったの?」
「うん。Motyのメンバーと知り合いなんだって。一緒についてきて、ハイタッチとハグされちゃったよ。」
あっハグはお義兄さんとだけだった。だけど、訂正するのも変だな。
「全く油断も隙も無いんだから。」
どういう意味だろ。何か気付いたか?
「それにしても、うちの従業員たちと随分仲良くなってきたな。」
今までずっと護衛役で余り会社に居ついてなかったから、どうなるかと思っていたんだけど、なかなかどうして、うちの社員たちの心をがっちりと掴んでいるようだ。
「妬ける?」
「ああ。どっちにもな。」
ずっと従業員に取って身近な存在であり続けようとしてきた。頭では、そろそろ離れどきなのは分かっているんだが、ツライものはツライのだ。
「そうでも無いのよ。貴方という接着剤が強力なだけなの。」
*
「みなさま、お待たせいたしました。新郎新婦、装いも新たにご入場です。」
本来ならキャンドルサービスが定番なんだが、さすがにテーブルが多すぎて、1時間掛けても回りきれないので省略された。次は挨拶まわりだ。新郎側の招待客は、ほとんどさつきを知っている従業員だったので後回しになった。高砂の雛段に戻ると少し休憩を挟み、早速お義父さんに新婦側の招待客を紹介してもらうことになった。
一つ目のテーブルは、一星テレビや三星新聞、五星レコード、七星映画、九星芸能とメディアを傘下に置くグループの総帥が居るということだった。
「あれっ。志保さん。どうして?」
彼女の母親がうちの従業員だった関係で後見人みたいなことをしている。その彼女が総帥の婚約者という立場で紹介されたのだ。確か新郎側の招待客のひとりだったはずで、しかも何故か中田が同席している。
そのテーブルに他にお義父さんが会員番号5番だと自慢していた女優さんも居た。それに有名な噺家とそのお嬢さん。奥様の代わりなのだろうか。
うちの娘と同じ名前らしい。アキエも15歳になったら、こんなふうなのかな。
「えっ。中田さん、言ってなかったの?」
「あれっ。おかしいな。幸子さんは伝えておくって言っていたのになぁ。先輩すみません。」
幸子の伝言ミスらしい。まあ、招待客についてノータッチだった俺が拙かっただけなのかもしれないが・・・。
「知り合いか? 『西九条れいな』さんは映画『あかねさす白い花』主演デビュー作で各賞を総なめにした新進の女優さんだ。わしも映画に出資しておってのう。随分と儲けさせてもらったのじゃ。」
お義父さんが好きだという清純派女優さんの初プロデュース・初監督作品で、その女優さんが過去に主演した映画のリメイク版だったらしい。どうやら、ファン根性丸出しの出資だったみたいだ。
ポケットマネーとはいえ当たったから良かったものの、当たらなかったら株主に突っ込まれそうで俺にはできそうにもないな。
「その節は、お世話になりました。」
「第2作目も期待しておるでのう。今度は会社を挙げて応援するのじゃ。」
彼女の顔が曇る。いや、彼女は母親が亡くなってから無表情になっているので表情は変わってないのだが、指輪の『鑑』を通してみるとそう感じたのだ。
「ちょっと待ってください。それは決定事項ですか? 彼女には彼女の生活というものがあるわけですから、あまり大掛かりになってしまうと返ってプレッシャーを与えてしまうことになりませんか?」
指環で見る限り、彼女の職業欄は『医学生』となっている。この欄は元ヤクザの例でもそうだったのだが当人の思いが強く反映されているのだ。社会的に女優という職業が認知されているにも関わらず、彼女自身は『医学生』と強く思っているということである。
「なんだ。知り合いなんじゃろ。応援してやらんのか?」
お義父さんは不思議そうな顔をしている。日本人全体がそういう傾向があるが、どんな職業よりも芸能人の方が凄いと思うらしい。だが俺はあまりそう思わない。只の会社員でも人生を満喫しているのであれば同じだ。
「知り合いだからこそです。俺は彼女の後見人であり、彼女の資質を良く知っている人間として、異を唱えたいと思っています。なんだ中田も不満なのか?」
同じテーブルに同席している人間全てが驚いた表情を見せていた。こんなことを言った人間は珍しいのかもしれない。
「いえ、随分と彼女のことを分かっているのだ。と思いまして、確かに彼女は女優という仕事よりも医者になりたいと常々言っているので僕たちもそれを邪魔するつもりは無いのですが、先輩は彼女が女優だと初めて気付いたのでしょう。流石は先輩です。」
「おいおい。止めてくれよ。中田まで北村みたいになっては困るんだが・・・。」
「すみません。つい言ってしまいました。でも、常々そう思っているんですよ。北村みたいに無条件にそう思っているわけでは無いだけです。」
「今度は褒め殺しか。幾ら俺たちの披露宴だからって・・・。」
そこで笑いが取れ、お義父さんの言ったことはウヤムヤになった。
「井筒さん。彼女のことをよろしく頼みます。彼女は一見強く見えますが、貴方のようにすぐ近くに居る人間が必要なんです。何かあったらすぐに駆けつけますので一報頂けると嬉しいです。」
俺はその場で身体を90度以上折り曲げて頭を下げる。おそらく彼女に対して後見人としてできる最後の仕事だ。
彼女は母親が亡くなったとき、随分と気を落していたことを思い出す。幸子と彼女の母親が仲が良かったので、一時期幸子も随分とこの子の家に通っていたよな。
医者になりたいと言い出したときには驚きもしたし、応援するつもりだった。実際はそれほど会社として利益が出ていない状態では、彼女をアルバイトとして雇うのが精一杯の状態だった。
それよりもなによりも自分を取り戻してくれたのが嬉しかったのだ。その彼女が医者になるために一歩ずつ進み始めたのである。応援せずにいられようか。
だがその役目は隣にいる婚約者のものだ。俺にできることといえば、邪魔になりそうなお義父さんを排除するくらいである。
女優『西九条れいな』の活躍は
蜘條ユリイ名義「私の彼氏は超肉食系」にて連載中です。この話の裏話もお読み頂けます。
http://ncode.syosetu.com/n7052dn/
共通の登場人物として中田雅美が出ています。他にも増えるかも(笑)




