第1章-第11話 しんきょく
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「ここで新郎新婦共にお色直しのため、しばらく中座させて頂きます。」
高砂の雛段に戻った俺とさつきがそのまま立ち上がり、開き口まで移動する。
「それでは、いってらっしゃい。みなさま拍手でお見送りください。」
スポットライトが当たった俺たちがその場でお辞儀をすると拍手が始まる。
そのまま、後ろの扉が開いて、さつきと手をつないで出て行く。
本当は新婦のほうが時間が掛かるので新婦が出たあと暫く経ってから、新郎が出て行くものだのだが、さっきの余興でびっしょりと汗を掻いた俺はシャワーを浴びるつもりなので一緒に出て行ったのだ。
このあと、お色直しで一緒に入場するまでの間、招待客たちはビッフェ形式の食事を楽しむことになる。新郎新婦は碌に食べれないので、控え室に用意してくれているサンドイッチを摘むことになる。
シャワーを浴びて、和装に着替える。シャンプーをしたからヘアメイクも必要だが、新婦のお色直しの時間に比べれば、まだ余裕があった。そこへ面会者が現われた。Motyの面々だ。
順々に控え室に入ってきて、ハイタッチを交わす。
「あれっ。賢次さん。」
勢い余って最後に居た賢次さんともハイタッチをしてしまった上に抱きつかれてしまった。
「ねぇねぇ。中田。どういうこと?」
「それが・・・オーケーという作曲家の先生に突然、声を掛けられてビックリ。それも、新婦の親族だと言うじゃないですか。初めは作詞の件で怒ってらっしゃるのかと思ったのですが、どうも違うみたいで・・・。」
まあそうだろうな。怒っているなら、こんな風に抱きついたりはしないだろう。それにしても、賢次さんって作曲家だったのか。道理でいろんな業界通だったわけだ。
しかも、大川賢次だからOKって、Moty並みに単純なネーミングセンスだ。
「まさか、トムと知らない間に仕事をしていたとは、僕驚いたよ。あの歌は物凄くお気に入りなんだ。」
「すみません。俺の名前を出してもマイナスにしかならないと思ったものですから、作詞は皆の連名にさせて頂きました。」
「うんうん。ぜんぜん怒ってないよ。むしろ感動しているんだ。妹よりも父よりも早くにトムと接点を持っていたなんて、自慢できるよ。」
「いやいやいや。ちょっと、待ってください。そんなことを自慢されても・・・、さつきさんと結婚式を挙げている最中なんですから、波風を立てないでくださいよ。お義兄さん。」
この親子や兄妹は何かあると張り合うからな。それに今日は、さつきに向かって歌ったけど、マイヤーをイメージして作った曲なんだよな。そんなことをバラされたら、幾らさつきでも・・・どんな反応されるか。
「そうだった。そうだった。僕の心の中にそっと仕舞っておくよ。」
とりあえず、今日は大丈夫そうだな。
「お義兄さんは、もう引退されているんですよね。彼らの再結成の際に歌を作ってくれる人間を知らないですか? できるだけ、今までのカラーは変えたくないんですよね。」
「『佐藤ひかる』さんとトムが加入して、『北村多久実』くんが抜けるのかな? 難しいね。僕でよければ作るよ。トムが作詞を引き受けてくれるならね。親父にもいつまでもイギリスでサボってないでトムと一緒に仕事をしろってうるさいんだ。」
お義父さんの言う一緒にする仕事とは違うだろうに・・・都合のいいように解釈してるよな。まあ今回はこちらにも都合がいいから、乗ることにするか。
「分かりました。それでお願いします。」
しかし、作詞か。いったいどれだけ時間が掛かるやら、チバラギに行ったときに暇をみつけるしかないか。




