第1章-第7話 すがお
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すみません遅くなりました。
「イヤよ。それじゃあ、私だけ見れないじゃない。」
はじまりは、さつきの我がままだった。
場所は自宅マンション。居間のソファでMotyのメンバーと最終打ち合わせをしているときだった。
「仕方が無いじゃないか。お色直しの間に招待客を飽きさせないためにやってもらうんだから。」
お色直しで新郎である俺と新婦であるさつきが退場したら、俺だけさっさと着替えてMotyのリーダーとして余興をして、控え室に戻ってさらに新郎の格好に戻り、ヘアスタイルを整えて貰っても、まだ新婦の着替えとヘアスタイルのセットよりも随分、時間が短い計算なのだ。
「でも、トムが芸能界デビューの瞬間なのに私だけ仲間外れなの?」
「そ、それは・・・。」
「じゃあ着替えない! お色直しよりもそっちが見たい。」
珍しい。さつきがこんなにも我がままを言ったのは。かなえてあげたいけど。
「おいおい。お義父さんはどうするんだ。楽しみにしてくれているんだろ。それに俺も着替える時間が無いじゃないか。」
「いいじゃないですか。新郎の格好のままで踊れば。」
まあ確かにこれまでオーダーメイドで作ってもらった服のどれも伸縮自在で歌の振り付けくらいは問題なさそうだが。
「そう言うがな。板垣。俺がMotyのリーダーだとバレたら、いろいろ仕事に支障があるんだよ。」
「そうですか? 先輩の仕事は山田ホールディングスとしての顔とZiphoneの広報担当ですよね。全くのド素人よりも業界人のほうが都合がいいと思いますが。」
「いやいや。他にもバイトや社員の採用は俺を通して貰わないと・・・。」
今までの従業員はそうでもなかったが、明らかに俺に対して悪意を持って面接に挑んでくる輩が多いのだ。そういう人間は指環の『鑑』で確認してまず初めに排除してきた。
「それでも、社長として最終面接で行なうべきでしょう。最初から携わる必要がないのではありませんか?」
「うっ。お前、痛いところを付くな。」
確かに俺は、いわゆるワンマン社長でこれまで社長として行なってきたことを他人に預けられなくて、最初から最後までやってしまうきらいがある。
本当は板垣の言うように最後に俺が判断すればいいだけなんだ。それは分かっているんだが・・・どうしてもやりたいという感情が先立ってしまう。
「それにしても、お前。良く喋るようになったな。昔は中田の後ろに隠れてばっかり居たのに。」
「ええ。ドラマで鍛えられましたから、何故か探偵とか知的な悪役とかばかりやったせいでしょうか。相手の論理に矛盾が見えると突っ込んでしまうようになったようです。」
「それは凄いな。お前には期待してるよ。数年先には俺の本業も手伝って欲しいな。」
脇を固めてくれる人間が切実に欲しいと思うときが度々あるのだ。今は従業員を育てる時期なのは、分かっているがどうしてもな。
「千吾も手伝う!」
千吾か。使いどころが難しいんだよな。こいつの場合。本当は単独行動させたほうが、いいのだろうが、絶対に離れないだろうし。その喋り方と容姿で相手を油断させたいときにでも使うしかないかな。
「うんうん。その時はお願いするな。」
クスクスクス。
佐藤ひかるさんに笑われてしまった。
「本当に仲良しなんですね。」
「まあね。」
本当は仲良しなんて言葉で括れない。特に千吾の場合はお前は女かという愛情表現を繰り広げてくることがあってげんなりする。そういうときは突き放すと厄介なことになるだけと経験が教えてくれるから、女性に対するような対応を心がけると上手くいく。
「それでは、リーダーは素顔のままで活動する。披露宴の席では、新郎の姿のまま参加するということでいいですね。」
最後に締めくくりと言わんばかりに中田が口を出してくる。
「ヤッター!!」
まあ、さつきが喜ぶなら仕方がないか。




