第1章-第6話 げんいん
お読み頂きましてありがとうございます。
「ライブはイギリスのコンサートホールを予定しています。」
俺はさらにライブの説明は続ける。
「え。それは何故でしょう。日本のほうが観客動員が凄いと思いますけど。」
彼女は不思議そうな顔をする。
「StationGamerに接続したヴァーチャルリアリティ機器にリアルタイム配信するためです。日本では夜中にライブ会場になりそうなところの使用許可が下りなかったのです。」
「そういえば、旧型の機器では夜中にしか映像が見れなかったのでしたね。」
あれっ。どうやら彼女は新型の機器も持っているらしい。脳波をアルファ波にする研究開発は終わったが1台1000万円もする機器になっているので一部の富裕層にしか売れていないのだ。
「それにヴァーチャルリアリティの観客席は2階を利用してもらおうと思っているのですが、日本の会場はどこも2階席があるので使えないのですよ。ちなみにこのゴーグルにも映像投影装置が内蔵されてまして、2階席に当たる位置に視線を向けるとヴァーチャルリアリティの観客を目にすることもできます。」
「なるほど。それを含めてSSDのヴァーチャルリアリティ動画に反映するわけね。」
意外と話が早い。まるで事前に誰かが説明したみたいだ。
「あのう。もしかして・・・。」
「あの人ね。貴方に関することにはフリークよ。ストーカーかもしれなくってよ。新たなフランチャイズに加入したと聞きつけると覗きに行ったり、買収した会社があれば自らCM出演の売り込みに行ったり、ヴァーチャルリアリティ機器を発売したらしたでコネを使って手にいれる。今は宇宙エレベーターが完成して大気圏外に行けるようになったら、真っ先に乗るんだと張り切ってますよ。」
うわーっ。北村め。身の置き所が無いじゃないか。俺の真似をするばかりかそんなことまで・・・。
「なんか。すみません。」
「謝ることじゃないわよ。あの人が勝手にしているだけだもの。こんなことを言ったけど、あの人のことを嫌わないでほしいの。嫌われたら何を仕出かすかわからないもの。」
「はあ。」
ため息をつくしかない。
「それにしても、あの人が言っていた通りの人なのね。驚いたわ。」
「彼はなんと?」
人の評価は聞いてみたいが相手が北村だしなぁ。
「内側に入った人間に対しては献身的に優しくて気遣いも凄くて天然の人誑し。なるほどねえ。貴方は気付いていないのでしょうけど視線を合わすだけで微笑んでいるような優しくされているような心地よい気分になるの。」
「ああそれですか。良く思われていないであろう人間に取っては凄く気持ち悪いみたいですね。直そうと思っていた時期もあったのですが・・・。」
『気持ち悪い』と悪し様に罵られるときもあった。
「その人たちが嫉妬してるだけよ。直さなくて正解よ。というか天然では直しようが無いでしょうしね。あの人はね。時折、内と外の線引きが分からなくなくて、もどかしい思いをしたと言っていたわ。」
おそらく父親が亡くなり、母親が失踪した時期のことを言っているのだろう。あのときは、周り中敵だと思った時期もあったからな。由吏姉がいなければ、あのままだったのかもしれない。そう思うとゾッとする。
もちろん、北村たち後輩も大切な存在だ。由吏姉に去られて荒れていた時期も彼らが芸能界デビューを果たしたことで、こちらも人生にやる気が出たからな。
「彼ら後輩には感謝してます。彼らが居るからこそ、今の自分があるんです。だから、出来る限りのことをしてやりたいんです。まあビジネス絡みになってしまうのですが・・・。」
「なのに私のことまで?」
「当然ですよ。北村の家族なんですから。」
「本当に誑しね。心地よいセリフ。そんな貴方が離婚を経験して再婚するなんて信じられないわ。」
「うーん。あれは夫婦の会話が足らなかったと思います。一緒に住んでいれば言葉で伝えなくても心が伝わると考えていたのでしょう。」
俺は鈴江のことを向こうの世界に考えに考えて、そう結論付けた。次同じ失敗をしなければいいのだ。もっと言葉にして伝えよう。醜い感情を押し隠してしまうのではなく、きちんと嫌なことは嫌だと伝えよう。そう思っている。
「そうね。あの人はあけっぴろげに貴方の事が大好きなことを伝えてくるけど、それに関して私が嫉妬していることは伝えていなかったわ。伝えて態度が変わらなかったら、離婚しちゃうのも手かもしれないわね。」
Motyのメンバーは解散の原因について彼女に伝えていないと言っていたが、どうやら彼女はおよその想像はついているみたいだ。