第1章-第5話 らいぶ
お読み頂きましてありがとうございます。
すみません。遅くなりました。
佐藤ひかる。実は通称も愛称も知らない。デビュー当時、5大アイドルグループの一員だったらしい。
彼女が一番活躍していた時期は親父のことでゴタゴタしており、テレビをみるようになったのさえ随分後になってからだ。由吏姉のお陰で社会に復帰し、Motyというグループを結成したのも後輩たちに誘われたからでそのときになってやっとキタ・シャニーズ事務所を知ったくらい疎かったのだ。
今になってやっと所属事務所のプロフィールを覗いて、自分よりも5歳も年上と知った。所属アイドルグループはそのとき、すでに低迷期にさしかかっていたためか、グループ内で頭角を現すといきなりソロデビューを果たしオリコン1位を獲得、国営放送の年末の歌合戦に何度も出場を果たしたことからも、いかに売れていたかがわかる。
彼女の新生Motyへの参加はあっさりと承諾してもらっている。
「ヴァーチャルリアリティですか?」
俺の会社が開発、販売しているヴァーチャルリアリティ機器は売れに売れ、グループの大黒柱に成長してきている。
「そうです。知ってらっしゃいますか?」
「ええ。友人たちの過去の主演映画、ドラマ、ライブ映像を見るのに重宝しています。」
今回、この機器を国民的人気ゲーム機StationGamerに接続するアダプタを開発した。StationGamerのBDドライブの映像だけでなく配信映像も見れるようにしただけだ。さらにStationGamerに接続できる我が社のOEM供給されたポータブルSSDドライブに全方向性ヴァーチャルリアリティ動画を入れて販売する。
ポータブルSSDドライブはBDよりも面積は小さく、Ziphone製スマートフォンよりも小さく簡単に持ち運び可能なメディアだ。これに通常の動画の数倍容量が必要なヴァーチャルリアリティ動画を入れて販売する。その価格は抑えに抑えてもBDの5倍程になるため、その実現は不可能かと思っていた。
「そのヴァーチャルリアリティ機器でライブのアーティスト側を追体験させられるものを売り出そうと思っているのですよ。位置的には男性用に俺の目線からの映像を女性用に『佐藤ひかる』さん、貴女の目線からの映像を使用したいと思っているのですが、如何でしょうか?」
断られても、俺の目線からの映像のみにすればいいだけなのだが、できればメンバーに女性として向けられる視線のほうがより映像を見る女性に取ってリアルに近づけると思ったからだ。
「それは全方向カメラを装着してライブで歌えということですか?」
「いいえ違います。今回の映像はライブの臨場感を味わって頂くものなのでアーティストの視線を中心に視線を変えられる範囲内のみの映像となります。今回はこのゴーグルタイプのカメラを装着してもらうことになります。」
彼女に傍にあったゴーグルを手渡す。
「へえ。意外と重くない。マイクもセットになっているのね。この通信機器は結構重いけど、昔のマイクに比べればどうってことは無い重さだわ。」
透明なゴーグルのふちの部分は若干色が付けられており、そこに超小型カメラが見えないように仕込まれている。重く無いと言っても本当は約5キログラムもあるのだが、軽量化の魔法陣を組み込み、実質200グラムまで軽くしているのだ。
「そうですね。昔は棒状のマイクでしたね。あれと比較すれば、随分軽いと思います。まだ試作品段階なのでもう少し軽くなれば、今回のライブの評判いかんでこのゴーグルを付けてライブを行なう歌手が多くなるかもしれません。」
「これで試作品なのですね。凄く高そう。」
「そうですね。製品として売り出すとしても1個1億円くらいですね。さらに映像編集機器で10億円くらい必要ですが・・・。売り出すとしても数年先になりそうです。」
「高い。流石に個人ベースで買えるものじゃないですね。」
基本的に既存技術の集まりなので他の会社でも作れるのだが、その場合5キログラムもあるカメラを背負いながらライブをすることになる。
「映像の販売をうちの会社で扱わせてもらえるのなら、レンタル供給も考えてます。」
「そうですか。もし、今回のライブで興味を持った友人が居たらトム社長を紹介してもいいですか?」
「ええ、ぜひお願いします。」
結局、『佐藤ひかる』さんの視線からの映像を使用する許可を、『これは旦那が羨ましがる』というよく分からない理由で得られたのだった。
貴族編でヴァーチャルリアリティの機器のことを書いてもう2年も経過しています。
あっという間に現実のヴァーチャルリアリティ技術が追いついてきてしまいました。
今回書いたようなヴァーチャルリアリティの利用方法はすぐに誰かがやってしまいそうですね。
数年先にこの小説を読むと時代遅れになっているかもしれませんね。




