第1章-第4話 しどう
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加藤千吾。通称カトセン。
「先輩!」
山田ホールディングスの社長室に現れた彼にいきなり抱きつかれる。もう40歳になろうという男なのにこんなふうに甘えん坊である。この甘えん坊のところがイイという女性のファンが多い。
彼の得意とするのは俳優、タレント活動だ。俳優をしているときはまともに話しているのでできるはずなのだが、素のときは拙い喋り方が多く、その喋り方と甘えん坊さが徹底的に女性の庇護欲を掻きたてることで他のメンバーとの棲み分けができているようだ。
「はぅ。」
こんな甘えん坊な彼だが当然俺よりも背が高くガッシリとした体形なので、こんなふうに捕まったら相手が満足するまで離れられなかったのだが今の俺は違う。レベルが上がり筋力が増えたことで、コイツの腕の中から抜け出せるようになったのだ。
「なんで・・・なんれ逃げるの?」
イヤお前が気付かなかっただけで、今までもずっと逃げようと頑張っていたんだがな。
「せんぱいも、はなれたいの?」
しまった。加藤が目に涙をいっぱい溜め込んでいる。泣かすつもりは無かったんだが・・・。仕方が無いな。
「こんなふうに俺が抱き締めてやれるだろ。」
俺の小さな身体で大きなコイツを抱き締めてやる。
*
30分後ようやく加藤が離れる。いつもこんなんだ。
「おい。さつきに幸子に千代子さんまで、扉のところで覗くなよ!」
扉から覗いていた3人に声をかける。指環の『鑑』で確認したところこの3人だけでなく、その後ろに沢山の女性従業員の人だかりが出来ていたが見なかったことにする。俺が声を掛けたことで散っていったからだ。しかし、うちの女性従業員の好みは千吾に集中しているようだ。何故?
まあ、今頃気になって仕事にならないだろうが・・・。
3人が悪びれた様子で入ってくる。
「千吾、これが新しい妻のさつきだ。幸子はまあいいとして。こっちは秘書の千代子さんだ。」
コイツは『千吾』と呼ばないと拗ねるのだ。高校時代ならわかるがもう40歳だぞ。
「何よ。その紹介の仕方。もっとちゃんと紹介してよ。」
案の定、幸子が抗議の声をあげる。
「さつきは結婚式の招待状に書いたがZiphoneのゴンCEOの娘だ。幸子は知っているよな。千代子さんはこれから仕事の話で連絡が行くだろうから、覚えておいてくれ。」
「だ・か・ら、私のことをちゃんと紹介して!」
「紹介してほしいのか? 幸子はもうすぐアメリカだから、こっちの仕事には関わらないだろ。」
「それでも紹介・し・て・ほ・し・い・の。」
「仕方が無いな。幸子さんは前の結婚式の司会だ。お前たち4人共正座させられただろ。アレの張本人だ。」
それまで普通にさつきや千代子さんと握手を交わしていた加藤が俺の後ろに隠れる。まあ隠れ切れていないけどな。やはり、トラウマになっているようだ。だから、幸子のことを紹介するのはイヤだったんだ。
「なんで! そんな悪意に溢れた紹介の仕方なの?」
「イヤ、愛だ。幸子に千吾を取られたくないからな。あとでちゃんと幸子の分までサイン貰ってやるから、仕事の引継ぎの続きをしろ。時間が無いはずだぞ。」
「ならいいわ。」
ようやく、3人共引き上げていく。
*
とりあえず、中田と話したCMの件と板垣と話した芸能プロの件をかいつまんで加藤に話した。
「CMの件は聞いているし、喜んで参加するよ。でも、芸能プロの話はなんれ先に話してくれなかったの? その役は千吾がやりたかったのに!」
ヤバイ!
加藤が拗ねだした。こうなると理屈は通らない。板垣の仕事が無かったことや加藤の所属事務所との契約の話があり、板垣が適任だったのだが・・・。ただ自分が選ばれなかったと拗ねるのだ。
「もちろん、千吾にも手伝ってもらうさ。それに千吾を所属事務所との板挟みで苦しませたくなかったし、社長は芸能界とは全く無縁な業界との付き合いもある。俺はそんな仕事を千吾にさせたくなかった。千吾にはいつも笑っていてほしいからな。」
自分でも呆れるほど歯の浮くようなセリフが次々と飛び出してくる。これくらい言わないと加藤は矛を収めてくれないので仕方が無い。泣かれるよりはマシだ。
「それで新生Motyのメンバーとして参加してほしいんだ。板垣に演出を任せると面白みが無くなるだろ。千吾が助けてくれると嬉しいんだ。」
「あとは誰に声を掛けるの?」
「例のCMメンバーに声を掛けようと思っている。北村が抜け、北村の奥さんの歌手『佐藤ひかる』が加入する変則的なメンバーとなるが、北村には声を掛けないつもりだ。」
板垣を引き抜いたことで、キタ・シャニーズ事務所も非協力的になっているからな。まず北村の参加は実現できないだろう。
「そう。千吾も『佐藤ひかる』さんには感謝しているんだ。グループが完全にバラバラにならなかったのは、あの人のお陰だもの。」
「新生Motyのデビューの場が俺の結婚式というのも変な話だが、北村に良い薬になるといいんだがな。」




