第1章-第3話 せつりつ
お読み頂きましてありがとうございます。
すみません遅くなりました。
板垣吉右衛門。愛称キッチー。彼も俳優、タレント、歌手をこなすマルチタレントだ。古いタイプの二枚目の彼は個性派俳優という位置付けで正義感あふれる探偵役や逆に知略が得意な悪役といった役どころが多い。また、歌手としても卓越した歌唱力を誇っており、その実力はグループの中で唯一、ソロデビューしてオリコン1位を獲得したことでもわかる。
ただ彼を喋らせるとテンポのずれたことを言う癖があり、他のメンバーとの掛け合いに失敗してしまうことが多い。だが失敗後に赤くなるところがイイと言うコアな女性ファンが多かったらしい。
「板垣は悔しく無いのか?」
彼だけが解散後、引退同然の立場なのだ。
「それは悔しいですよ。でも仕方が無いじゃないですか仕事が来ないんじゃ。契約終了まで解雇されなかったのが不思議なくらいでしたよ。」
Moty解散後のメンバーの仕事は、全員減ったと言われている。その中でも彼の顔はテレビに全く出なくなった。
「それで今の現状で満足しているのか?」
「元々、後輩の指導は好きなほうなんですよ。バイト扱いですし、今までの収入と比べれば天と地ほどに違いますがこれまでお世話になった事務所に恩返しをする意味でもこれでいいと思っています。」
こんな男だから、事務所に付け入られたんだろうな。Moty解散時に解散コンサートを拒否した彼らは事務所から仕事を取り上げられたらしく北村も中田も口を揃えて言っていた。
「相変わらず、板垣は優等生だな。だがな、俺がZiphoneに入って色々口を出せる立場に立って、唯一仕事が無かったお前を放置したと本当に思っているのか?」
それでも事務所の社長から可愛がられていたからか北村には得意分野の俳優業のオファーが引っ切り無しで入っていたため、仕事が切れたのは1ヶ月くらいだったという。
中田や加藤は契約終了で他の事務所に行った途端、山のような仕事が待っていたそうだ。
「・・・・・・まさか・・・。」
「初めCMをオファーして断られたときには、他にもっと良い仕事が控えているんだろうと思った。だが、Ziphone提供のテレビドラマも断られたときは引退するのかと思ったんだけど違うようだな。」
彼は初めから事務所で教育係として安い給与で扱き使うつもりだったのだ。
「・・・もちろん、違いますよ。」
「お前さ。俺の下で働かないか。今度芸能プロを設立しようとしているんだ。」
「それは、私のために設立してくれるということですか?」
「そんなわけあるか! 俺は儲からない仕事をするつもりは無いぞ。元々、Ziphoneに関連する興行を一手に扱う会社が必要だったんだ。社長はド素人でも構わないんだが、業界人のほうが顔繋ぎの面でも何かと都合がいいんだ。もちろん、芸能人としてお前の仕事もある。引き受けてくれないかな。」
「・・・それは・・・。」
「何? 恐いのか。事務所に反逆するようで恐いのか?」
「・・・・・・そのう。」
「他のメンバーに聞いたんだが、お前のその口下手が散々事務所の人間から扱き下ろされたんだってな。」
「・・・ええ、喋りができないヤツは芸能人じゃないっ。って言われました。」
「それは単なる刷り込みだ。今のお前は高校時代のお前じゃ無いんだ。今でも俺と対等に話しているじゃ無いか。高校生のときのお前とは比べ物にならんぞ。」
高校時代、彼とは会話らしい会話が成立した覚えが無い。心を許している中田が通訳しなければ意思疎通もできないほどだったのだ。
「・・・そういえばそうですね。・・・あのときは酷かった。」
「それにお前は演技も出来るじゃないか。今度は芸能プロの社長役という個性の強そうな役を演じるだけだろ。お前には簡単なことだ。」
「ひとつだけ条件を出してもいいですか?」
「なんだ給料か? 社長の報酬は会社として利益が出れば多くなるだけで、そんなに出せないがタレントとしての収入は完全歩合だ。安心していいぞ。」
「違います。私と先輩でアイドルグループを結成しましょう。Motyの名前を使ってもいい。元々、先輩の名前をひっくり返した名前ですし。」
そうなのだ。高校時代にグループを結成するときに北村と中田がお互いの意見で険悪なムードになったときに板垣が提案したら、簡単に纏まってしまったいわくがあるのだ。
「40歳と39歳のアイドルか? まあ確かに前の結婚式でMotyが商標になっていてお前たちからプレゼントされたから、問題無いと思うけど。」
「アイドルじゃなくてもいいんですけどね。私とグループを結成しましょう。先輩はコンサートだけでいいんです。他は全てソロで活動します。」
「はっきり言って俺は忙しいから事前の打ち合わせなんぞできない。リハーサルさえどうなるか分からない。全部の演出を全てお前が決めて、俺はするだけというなら、なんとか時間を空けよう。まあ、メイクで誤魔化せばなんとかなるだろう。そうだプロフィールは謎の人物にしておいてくれないか現実の俺と同一人物となるとこちらの仕事に支障が出かねないからな。」