第10章-第142話 にげるしかない
何処を向いても敵だらけ。今までのツケがここにきてやってきたのかもしれない。俺は弱い人間だ。特に精神的に追い詰められるたび、マイヤーにさつきに幸子にと慰めてもらってやっと生きてきた・・・
その救いだった奥さんたちから、詰め寄られただけで潰れてしまう人間なんだ。逃げ道が無いって、こんなにもしんどいことだったんだな。
従業員には優しくしてきたつもりだったが、もしかすると逃げ道を塞いでいたかもしれない。そして、こんなふうにお前が変わる必要があるんだと何度も言ったかもしれない・・・
俺は辞めていった従業員を思い浮かべる・・・失敗したなあ・・・なんで、逃げ道を塞いじゃったかなあ・・・なんで、もっとじっくりと待ってやらなかったのかなあ・・・
物理的に逃げ出す? 余計にダメだろ。逃げるところなど無い。追いつめられて更に攻め立てられるだけだ・・・
「あなた、あなた。しっかりして、貴方はもうすぐお父さんになるのよ! だから、しっかりとこの場で決意をしてください。」
目の前でさつきがしゃべっている。そうか、さつきも妊娠したのか・・・いよいよ、逃げ場がなくなってしまった・・・そうだよな、ここで逃げ出せば無責任きまわりないよな・・・
でも、何で今、このタイミング?
「もしかすると私も・・・今、遅れているの・・・」
そんなふうにミンツが言い出す。
「いいなぁ。私はこの間だったから、わからないけど。きっと出来ているに違いないよ。」
それに釣られたのか静香が言いだした。
そんなに君たちに取って鈴江が必要な人物なのか・・・もう俺はいらない人間なのか・・・所詮、種馬なのか・・・
そうだよな、種馬としてしか必要とされないんだ・・・初めから・・・
俺はセイヤに目を向ける・・・心配そうな顔だが、種馬だから心配なんだよね・・・きっと・・・
「ほら今ここで変わりなさい。そうすれば楽になるはずよ。ね。」
目の前に話を纏めるように幸子が満面の笑顔でそう言う。
そんなにも俺が困っている姿が楽しいのだろうか・・・そうか、俺がアメリカに行けと言ったからその逆襲なのかな・・・。
「ほらほら・・・。」
次々と俺の周囲は奥さんたちでいっぱいだ。
嫌だ。寄らないでくれ・・・お願いだ・・・
「なんでそんなものを出すのよ!」
俺は自空間から礼ピアを取り出すと逆手に持つ。誰も傷つけたくないんだ・・・寄らないでくれ・・・
「狂った・・・の・・・? ねえ、だめよ・・・そんな・・ものは・・しまって・・・ね・・・」
それでも幸子は近付いてくる・・・
「キャー!! ダメ! 嫌・・・死んじゃあ・・・」
ごめんアキエ・・・もうお父さん疲れちゃった・・・
*
・・・死にそこなったか。
意識がある・・・記憶もある・・・ということは、少なくともショウコの蘇生魔法では無いらしい・・・いや、あの魔法はあの世界でしか使えないんだった・・・
目をあけると一番に目に飛び込んできたのは心配そうな顔をしたショウコとセイヤだった・・・。奥さんたちは居ないようでホッとする。
周囲は真っ暗で僅かにろうそくの明かりが灯っているだけだ。電化が進んでいる後宮ではないのか? 次第にろうそくの明かりに目が慣れてくるとここが後宮にある塔だと分かった。
「すまん。水を一杯貰えるだろうか?」
無言でショウコがコップに水を注ぐとそれを一気に飲み干す。ああ、生きている・・・
「逃げようとした罰はね。異世界に残してきた子供を引き取ってくること・・・だそうです。」
ああ、そういえば鈴江が喋ったんだっけ・・・
「ショウコが付いてきてくれるのかい?」
「もちろんですとも、異世界での護衛役は私だと言ったでしょ・・・もう少しで全うできないところだったじゃないですか・・・。しかし、社長も甘いですね。あんなことで逃げられると本気で思っていたんですか?」
ショウコの話では、セイヤがレイピアを抜くのに合わせて、マイヤーが背中側を、ショウコが内臓を、アヤが胸側を受け持ち、全力で治療に当たったそうだ・・・
「わからない。わからないが、あのときはあれしか方法が無いように思えたんだ。」
「そんなに重荷だったのか?」
今度はセイヤだ。きっと、子孫を残すことを言っているのだろう。
「よくわからない。つい先日までは、これでいいと思っていたんだ。」
「もういい・・・。もういいんだ・・・。トムを犠牲にしてまで欲しいわけじゃない・・・。」
「うん。考える時間をくれないか。」
「ああ、向こうの時間で3年ほど残っているそうだ・・・。これからのことを考えてくればいい・・・」
さつきとの結婚式まであと3日か・・・
キツイです。トムの心理描写は過去に自分が受けたパワハラを参考にしています。
上司2人に密室で延々と2時間・・・あの場に刃物が無くて本当によかった(笑)