第10章-第138話 いしょ
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「これでも、この遺書、見たくないっていうの?」
「ああ。」
その遺書の中にどんな文章が綴られていようとも状況は全く動かないのだ。鈴江は別れた妻である。それだけなのだ。これならば、ヤオヘーなんか引き受けなかったほうが良かったのかもしれない。鈴江と無理矢理、雇用関係を続けることでアキエとの関係も続けるつもりだったのだ。
現に生きている人間の遺書なんていうものは書いた人間にとって見られたくないものに違いない。いくら見る機会があるのだといっても見たいものでもない。それは無いものなのだろうから・・・。
「頑固ね。まあいいわ。今回は私たち二人をチバラギ国に連れて行ってね。向こうの側室方にも伝えておかなきゃいけないから・・・。」
最後を締めくくるように幸子が口を出してくる。この二人の位置関係がいまいち不明なんだよな。そもそも正妻公認の愛人関係というところが変なのだが・・・。
「おいおい。静香やミンツにまで教えるつもりなのか?」
「そうよ。そろそろ、あの子たちにもトムを支える一員として自覚してもらわなきゃならないからね。」
どうも静香に手を出したことは、筒抜けなようである。幸子の視線が、次は私の番と言っているように見える気がする。
◆
異世界での護衛役はショウコの役目という役割分担のため、松阪大学跡地の通路を使う。まあ、わざわざセイヤの手を借りるのもなんだからなあ。
「参加してもいいだろ。」
着いてそうそう、例の遺書について奥さんたちが話し合いを行うというので後宮の裏庭にある塔を開けることになった。あそこならば、アキエに気付かれずに済むという理由だからだ。
アキエは昼ご飯のあとのお昼寝でエトランジュ様と一緒に過ごしている。
珍しくセイヤが同席することになった。今日の政務は既に終わっているという。まあ、鈴江の件では何かと御世話になっているから、拒否もできないのだけど、あまり見られたい姿じゃないんだがなあ。
俺もわかっている。鈴江が絡むと普段の自分を維持できなくなってしまう。自分でもだらしないと思うが致し方ない。
そもそも鈴江と俺の関係を知らない人間も居るので俺と鈴江の関係から説明していく。およそのところは幸子が主導するようだが、ときおりメイヤーやさつきから補足が入り、鈴江が死んだときのことはアヤから恥ずかしい過去が語られてしまった。
あんなに事細かく説明しなくてもいいのに・・・。
当事者の鈴江が一番知らないというのもおかしな話なのだが・・・。わりと平然と受け止めているようだった。
「これが問題の遺書だ。さつきと幸子は読んでいるそうだが、俺は読んでいない。」
「なぜ?」
これは鈴江だ。
「興味が無い。」
我ながら酷い言い草だ。死んでもいないのに見られたく無いだろうとか、相手を気遣う言葉が抜け落ちてしまう。でもこれが今の俺と鈴江の関係性なのだから、どうしようもない。
「わかりました。読んでみます。」
5分ほど経って、チラリと鈴江の視線がこちらを向く。再び手紙に視線を向けるとさつきや幸子に質問をしている。内容はDNA鑑定書の信憑性なのだろう。細かい内容を聞きたくない俺は、視線をマイヤーに向ける。
ややお腹が膨らんできた気がする。あそこに俺の子がいるのだと思うと自然にとげとげしかった感情が穏やかになっていくのが分かる。
「私が見て欲しいと言ってもダメなんですよね。他の方たちに見せてもよろしいですか?」
どうやら、諦めてくれたようだ。中身が18歳の子にとっては酷かもしれないが、今までにしでかした事への責任はとってもらうしかない。
「ああ。」
本当は嫌だが、遺書を書いた本人がいいと言っているものを他人がダメだというのもおかしな気がして了解を出す。だが、これが間違いだった。異世界の側室たちには、さつきの翻訳だったが手紙の内容が伝えられていく。
彼女たちが話しを聞く度に、鈴江への視線がそれまでの敵視といっても過言ではない視線から穏やかな視線へと変わっていくのが分かるのだ。
やられた!
そんな気分だ。この後、何がくるかは簡単だ。良くて多数決、下手をすると全員一致であの遺書を読まなければいけなくなりそうだ。




