第10章-第135話 たいむりみっと
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ツトムを日本に連れて行く。道々聞いていたところ、自衛官になりたいのだという。まあ公務員なら安心かな。ツトムなら責任感が強いところもあるし、長続きできるかもしれない。
異世界で何度かのレベルアップも果たしているそうだから、体力的にも問題なさそうだ。
「まずは教育にお金が掛かっているということを自覚して、退役するまで勤め上げろ。なんといっても国民の税金が使われているんだ。絶対に投げ出してはだめだ。わかったな。」
最後のアドバイスだ。彼もうなずいてくれる。
最近は防衛大学を卒業しても任官を拒否する人間が多いと聞く。日本以外の国なら刑罰が科せられるだろうに日本では教育費の返還請求さえできないらしい。
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翌日はCMのオーディションだ。Ziphoneの次回作には馬が登場するらしい。それの声にアテる声優をオーディションで決めようというのだ。
審査方法は簡単だ。馬の映像を見せてセリフを想像で答えてもらう。
今までのCMでもお母さん猫に適当なセリフを声優に考えさせてヒットさせた経緯がある。映像とマッチしつつ面白いセリフを考えてくれるような声優を発掘したいのだ。
声優にはいろんなタイプがいる。声優の専門学校もあるようだが、そこからプロになれるのは毎年1名か2名だ、悪い年だと全くいない年もあるということだった。デビューできても5年以上続けている人間は3割にも満たないのだという。
だから、最近はタレント・俳優としてスカウトされた人間がオーディションに応募してくることが多いのだという。
この現場の監督が面白い方で今回のオーディションは女子高生限定で募集したということだった。本人は売れっ子監督で飛び回っているせいでオーディション当日に急な仕事が入り、行けなくなったと言われて代役として審査を受け持つことになった。
だが、急に現場指揮を任された俺に対する審査も含まれているに違いない。変なクジを引けば、指揮権を剥奪されかねない。
馬の映像は自前だ。『サイレントシズカ』に無理を言っていくつかのセリフを言ってもらったのをビデオカメラに撮ってきた。愛を語るシーンなど演技指導もしていないのに感情たっぷりに喋ってくれた。まあ、俺しか理解できないのだが・・・。
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書類審査を通過した4人の目の前に馬の映像が流れる。そして、順番に自分で考えたセリフを感情たっぷりに演じてくれるのだが、一人だけ『サイレントシズカ』と同じトーン、同じニュアンス、同じセリフを使う女子高生が現れたのだ。
もちろん、その子を採用した。
「えーっ。使わなかったんですか? 勿体無い。」
後日、現場監督に説明していると、愛を語るシーンを使わなかったことに苦言された。
「ああ、必要無かったからな。」
実は違う。『サイレントシズカ』がノリノリで演じてくれたセリフの名詞には私の名前が含まれていたのだ。それのあんな大勢の前で言われたら死ぬ。恥ずかしくて死ぬわ。
審査の最中、指輪を『翻』にしていたのがいけなかった。まさか、こんなところにも『勇者』がいたとは・・・。ぎりぎり、気づけてよかったとしか言いようがない。
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「もう諦めるの?」
「ああ、だから、あいつの弁護士に連絡を取ってくれないか?」
「なぜよ。あれだけ頑張ってきたのに・・・。」
異世界でのアキエは、鈴江にべったりだった。侍女の話では姿が見えないだけで泣き喚くらしい。今までのアキエではありえない姿だ。
タイムリミットだ。アキエの将来のためにも、鈴江と一緒に過ごせる方法を考えておいてやらないといけない。
「俺の感情だけで縛り付けても誰も幸せにならない。今のあいつは、昔のあいつとは違う。ただ、頭で理解してても感情が拒んでいただけなのさ。心狭いよな・・・。でも、もうやめる。限界だ・・・」
「そう・・・わかったわ。連絡をとってみるね。」
「それから、今日のオーディションで『勇者』をひとりみつけた。一般応募だったから、事務所に誘ったよ。一応、OK貰ったから交渉に入ってくれ・・・。」
広報担当を拝命する条件として山田ホールディングスの1部門として設立する芸能事務所に所属する人間に対するオーディション参加の優遇を決めていた。
「条件は?」
「もちろん、『破格』だ。よそに取られるわけにはいかない、慎重にやってくれ。」
『破格』とはどんな条件も飲めということだ。もちろん、予算の範囲内だが・・・。まあ余り心配していない。あの子もそのお母さんもなぜか、俺のことを知っていた。
どうやって調べたのか、さつきとの結婚まで知っており、Ziphoneの後継者と目されていると思われているようだった。