第9章-第116話 よくばり
お読み頂きましてありがとうございます。
「じゃあ我が儘言い放題だのう。そうだなぁ。頭を撫でてもらおうか。」
一瞬どんな要求がくるのかと焦ったが、なんというか。こいつ、本当に国王か、しかも親父さんを殺したんだったよな。あまりにも、かわいい要求すぎて力が抜けてしまう。
「それはダメよ。次に撫でてもらうのは私なんだから!」
隣ではマイヤーが意味もなく張り合っている。
なんかばかばかしくなってきた。
「アキエ、新しいお家にさつきママが待っているからな。行こうか。」
「うん。」
俺はアキエと渚佑子の手を繋ぐと『移動』した。
・・・・・・・
「あっ、ママ!」
俺が自宅のマンションまで戻ってくると、さつきと鈴江がテーブルの席で何かを話しているようだった。さつきがしおれている。涙の跡も残っている。
「お前! さつきに何を言ったんだ。」
俺は、鈴江に詰め寄る。幸子はどうしたんだ。ずっと、鈴江と行動を一緒にしていたのに・・・。
「ダメ! ママを叱らないで!」
アキエは、俺と鈴江の間に割り込むと両手を広げてかばう。
「トム、違う。違うの。」
さつきまで、首を振って否定する。
「うるさいわね。まあ、トム落ち着いて。」
幸子が台所から飛び出してきた。
「これが落ち着いてられるか!」
俺は皆に行く手を阻まれる。
「何をしているのかのう。」
後ろから、ノンビリした声が聞こえる。どうやら、セイヤたちが追いかけてきたようだ。
・・・・・・・
「ほら、愛されているじゃないの。」
張り詰めていた空気が鈴江の言葉で解かれる。
いったい、何を言っているのだろうか。
「さつきさんって、自分が役立たずだって言うのよ。」
なるほど、そういうことか。参ったな、俺の行動がそんなにさつきを追い詰めていたとは、情けないにもほどがあるよな。洋一さんにも散々警告を受けていたというのに・・・。
鈴江の話では、日本のニュース番組でイギリス皇室を襲ったテロの一部始終がうつったのだという。
俺は、さつきの傍まで行くと、さつきを立たせる。
バシッ。
さつきの頬を軽く叩く。
「さつきさんに何をするのよ!」
幸子が猛烈に抗議する。お前もわかってないな。
「お前たちは、すっこんでろ! なあ、さつき・・・お前は俺の母親か?」
俺が叩いたことで驚愕の表情を浮かべるさつきだったが、俺の質問を聞くと首を振る。
「そうだろ。俺はこんななりだから庇護欲をそそるのかもしれないけれど。」
視界の端に皆の頷く姿が映る。くそっ、後でみてろよ。
「俺はお前の子供じゃないんだ。」
俺は、そう言って10センチほど上にあるさつきの首筋を掴み、引きずりおろしキスをする。
キスをしながら、周囲に視線を巡らすと空気を読んでくれたのか、皆はそそくさと部屋を出て行く。おい、セイヤ!お前もだ!!
少し遅れたセイヤを幸子が首根っこの服を掴むようにして、引き摺っていく。そういえば、前の旦那さんをああやって引き摺る姿をよく見かけたもんだ。
「お前は、不満かもしれないが、ほら動けないだろ。十分に力強い大人の男なんだ。わかるか?」
俺は片手でさつきの動きを封じる。動けないことを知ると更に悲痛な表情に変わっていく。
「だから、お前には、俺の心を守って欲しい。俺が失いたくないものは、沢山ある。もちろん、筆頭にお前がいるのも忘れるな。アキエしかり、従業員しかりだ。」
さつきは真っ直ぐに俺の視線に応えてくれる。
「俺は欲張りなんだ。これからは俺のサポートをしてくれ、俺の手のひらから、一粒の米もこぼれないように・・・。わかるだろう・・・。愛しているんだ。」
俺はそう言って、さつきの手を引き、寝室に連れ込んだ。
・・・・・・・
翌朝、晴れ晴れとしたさつきの顔を見て安心する。
朝食の席につくと幸子が忙しそうに働いている。そういえば、渚佑子もマイヤーも食事を作っている姿をみたことがない。
もしかして、作れないのだろうか?
俺は席を立つと幸子のところに行く。もうほとんど出来上がっており、後は出汁巻きを作るだけとなっている。出汁巻き玉子はアキエの好きなおかずだ。
冷蔵庫から白だしと牛乳を取り出し、鍋にかける。すこし沸騰したところで火を止め、牛乳を足す。そこに卵を割り入れれば、準備完了だ。
あとは焦げないようにしかも崩れないように焼き上げていく。時間をかけてじっくりとだ。そうしないとバラバラになってしまうし、食感も悪いのだ。
「わあぁ。パパの出汁巻きだ! うれしいったら。うれしいな。」
「アキエは大袈裟だな。」
「だって! アキエちゃん大好きなのに、全然作ってくれないんだもん。」
時間がかかるからな。朝の忙しいときに20分近くかけて作っていられない。
「どれどれ?」
「あーアキエちゃんの!」
横からセイヤとマイヤーが一切れかっさらっていく。お前たち意地汚いぞ。
ほらアキエが泣きそうになっているじゃないか。さらに物欲しそうな周囲の視線に耐えられなくなった俺は台所に戻った。朝から、1時間もかけて出汁巻き玉子をつくらされるとは・・・。




