第4章-第23話 母は逃亡者
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そこに居たのは母だった。母は親父の看病に明け暮れていたが、親父の病が不治の病だとわかり、親父が衰弱しきったある日突然、行方を眩ませてしまったのだ。
それが引き金だったのか。翌日には親父が息を引き取った。あの人を恨もうにも全く手がかりがなく、葬式や保険金の請求とか忙しい日々を送っているうちに探す気も失せてしまったのである。
その母が目の前にやってきて涙ながらに語った真相は、ごく単純なものだった。日本の医学では不治の病でも、こちらの世界ならば助かる手立てがあるのではないかという。藁にも縋る気持ちで、親父に異世界に送ってもらったそうである。
後宮の抜け道は親父から教えてもらったそうで、あの召喚の間から自分の父であるジャン公爵に匿ってもらいながら公爵に頼み込み必死に癒し手の魔術師を探しだした。親父と約束していた日に召喚の間に一日中居たが結局、日本に帰ることができなかったそうだ。
「バカだな。親父は母さんが居なくなった翌日には亡くなったよ。」
俺がそう言うと、母は机で泣き出してしまった。30分くらい泣いていただろうか。顔をくしゃくしゃにした母が顔を上げた。
「トムには、苦労を掛けてゴメンね。どうしても、あの人を助けたかったの。それだけは解って・・・。」
「ああ、解っているさ。あんなに愛し合っていたものな。そんな理由じゃ、仕方がないじゃないか。俺がその立場でも、同じことをするさきっと・・・。」
でも親父は、解かっていたのかも知れない。もう自分は死ぬと死ぬ前に母を元の世界に送り返してあげたかったのかも。でも母には黙っていたほうが良いだろう。そんなことを受け入れられるはずが無いからだ。
「母さんは、今までどうやって生きてきたのさ。」
「今では母さんも外を出歩いても、顔を知られていないくらい忘れ去られてしまっているから大丈夫だけど。戻ってきた当初の5年くらいは、ほとんど外出もできなかったわ。今でも父であるジャン公爵に匿ってもらっているわ。情けないけど。」
「まあ、仕方がないよな。よくそれだけ我慢できたもんだ。」
「父から貴方の話を聞いて居ても立ってもいられなかったけど、なかなか会う隙がなくて、でもなんとか今日会えてよかった。元気なお前の顔が見られただけでも・・・。」
「母さんに会うには、公爵を尋ねればいいのか?」
「いえ、父はいろんな意味で王宮から目を付けられているわ。私を嫁がせているだけでも、反逆罪を疑われていたそうなんだけど、ミロクー王子に直接便宜を図ってもらっていなかったことと、前国王にも、私の妹を側室として嫁がせていたせいでなんとか生き残ったそうよ。」
・・・・・・・
母は自分から連絡すると言う。父の手の者に1円玉という割符を渡すからとそれで判断してほしいと・・・。
母は今でも逃亡者らしい。なぜ俺はセイヤに王宮に優しくされ、母は違うのか。その質問をすると母は笑いながら答えてくれた。
「あなた忘れているのね。逃亡する10日前になにがあったのかを・・・。貴方はね。セイヤの初恋だったらしいのよ。突然セイヤにキスをされて、逃げてきたと言っていたわ。あの時に・・・。」
俺はその言葉を聞いた途端、そのシーンが蘇ってきた。召喚されて初めて懐かしいと思ったその場所は、なんとセイヤにキスをされた場所だったのだ。キスといっても頬に軽くだったが、そのときはショックだったのだろう。
「でも、セイヤには気をつけてね。あの男は獰猛な狼よ。前国王はあの男に弑逆されたと言われているし、あの男の兄弟は全て殺されているのよ。まあ、先代が先代なんだから、仕方がないのでしょうけれど気をつけてね。」
俺は、母に昔彼女が好きだったポテトフライを店から持ってきて手渡す。
「そうそう、これよね。これこれ、これが食べたかったのよ。」
そう言いながらもLサイズのポテトは多いのか、半分残してしまったようだ。昔はペロッと全部食べて、俺の残した分まで食べるくらい好きだったはずなのに・・・・。まあ、年を取れば、食べたいものも変わって来るか・・・。
・・・・・・・
俺は少々混乱していた。俺にはアキエも居るし、異世界の行き来を提供してくれるセイヤは居なくなって貰っては困る相手だ。たとえ、あの優しげな顔の裏にどんな顔を持っているとしても、もう引き返せないところまできている。
でも、嫌なことを聞いてしまった。セイヤに対して、疑惑の芽が生まれてしまったのは否めない。これから、どう進むべきなのか・・・。いままで大胆にやって来たが、もう少し慎重に事を進める必要があるだろうか。
それに母を疑うわけではないが、母の言ったことの裏を取ってみる必要があるだろう。特にセイヤの兄弟の件ならば、生きているか死んでいるかぐらいならば、直ぐにでもわかるはずだ。
それは、あっさりと裏がとれてしまった。気軽にマイヤーに聞いてみたところ、セイヤに弑逆の噂があることまで語ってくれた。結構有名な話らしい。
まあ、なるようになるだろう。もしセイヤが密かに俺を殺したいと思っていれば、既に殺されていただろう。
そうではない。むしろ護衛をつけるということは死んでほしいとは思っていないはずだ。逆にセイヤが俺に好意を抱いているというなら、それを利用すればいいのだ。
・・・・・・・
俺は複雑な心中のまま、後宮に戻った。
「トム殿、どうした。何か問題でもあったかのう?」
「いえ、次はどんなものを売ればいいかなと思いまして、何か希望とかございますか?」
俺は本心を隠しつつ、そんなことを言って誤魔化す。うっかりマイヤーに質問したもの不味かったかもしれない。次回、こちらに来たときにはマイヤーから伝わっているものと思ったほうが良いだろう。
「そうだな、わしは・・・。」
さあ、次はどんな要求が・・・。