第8章-第102話 ふしんなじんぶつ
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彼女たちに王室一家を任せると俺は元の姿に戻り、フランシス軍曹を伴い、外部の警備状況を確認するために飛び出した。
俺は真っ先に馬場に居る馬たちのところに向かう。
「どうかな。どこかに不振な人間は居るかな?」
俺は指輪を『翻』に変えて近くの馬に話しかけた。
「ひひーん、ひーんひん。」
(あたまにへんなものを載せている人間がたくさんいるよ。)
今日はレディースデーだ。王室主催の競馬場では、よくある催しで社交場でもある競馬場には、色とりどりの帽子を被った紳士淑女が現れる。女王陛下も、とっておきのだと奇っ怪、いや特徴的なデザインの帽子をいくつか見せてくれた。
「他にはどうだ。」
「ひーんひん。」
(わかんない。)
「あたまにへんなものを載せていない人間はいるか?」
「ひん、ひひーん。」
(うん、居るよ。)
この時期に帽子を被らずにいる方が不振だといえるだろう。俺もケント王子デザインだという帽子を被っている。酷く前衛的なデザインだ。ピカソの絵画からそのまま出てきたみたいだ。
ケント王子が持つ会社のうち、服飾関係が振るわないというのも納得できる話だ。
馬からその場所を聞き出す。
「テロリストたちの顔は頭に入っているな?」
フランシス軍曹はゆっくりと頷く。
「では向かおうか。」
・・・・・・・
指輪を『目』に変え、馬が言っていた方向に帽子を被っていない人物を探しながら歩く。少し気持ち悪い。遠くと近くが同時に動くのだ、気持ち悪くもなるか。
「軍曹、ちょっと肩を貸してくれ!」
フランシス軍曹に近くの目の役割をお願いする。俺の変わった言動にも慣れたのだろう、なにも言わず頷いてくれた。
フランシス軍曹の肩に手を置き、俺が指示する方向に進んでもらう。これで遠くを見るのに専念できるのだ。
「あれはどうだ?」
その人物の傍にだんだんと近づいていく。
「あっ、あれは。」
フランシス軍曹は飛び出していくとその人物に飛びかかり取り押さえる。なんとIRA過激派の幹部だという。
そのまま、集まってきた近衛兵たちに引き渡し、2番目の人物のところへ向かうが馬に聞いた人物たちすべてを回っても他にテロリストらしき人物は現れなかった。
もうそろそろ、女王陛下が王室主催の競馬に優勝した馬を表彰する時間だ。俺は、指輪を『偽』にして、アルドバラン公爵の姿になる。陛下が居られる建物の直ぐ傍にやってきた時だった。
前方で悲鳴があがる。
俺は自空間から取り出したレイピアを持ち、走り出す。
目の前に凄惨な光景が広がる。建物の扉は既に開いており、テロリストを建物内に入れまいと近衛兵が立ちふさがっているのだが、相手はそこに火炎放射を浴びせているのだ。
幾人もの近衛兵たちが火達磨になりながらも仁王立ちでテロリストの前に立ちふさがる光景は想像を絶するものだった。
『ウォーターウォール』
間に合え! 俺は祈る気持ちで水の壁を近衛兵たちに浴びせる。その時だった。扉の内側から木が伸びてきて、近衛兵たちをガードするように境界を形成した。
幸子がようやく始動したらしい。おそらく火耐性を付与したのだろう、火炎放射をものともしないようだ。しかし、彼女には近衛兵たちを救う手段が無い。
早く向かわなければならない。だがテロリストを放置するといつかは、幸子の付与した火耐性も切れてしまうだろう。
幸いにも右手の薬指にはマイヤーとお揃いの最上級の火耐性の指輪が嵌まっているのだ。俺はテロリストに向かって走り出す。
「お前は! アルドバラン! 家族の敵め! お前も燃えてしまえ!」
テロリストは、激怒した様子で言葉を浴びせかけてくると俺に向かって火炎放射器を向けてくる。
『ウォーターボール』
水の球は、テロリストへ一直線に向かっていき激突して一旦は火が消えるが、すぐにまた火炎放射を再開する。
どうやって持ち込んだのかわからないが軍事用のようだ。民生用のガスボンベでは無く、燃料は重油だ。そう簡単に消えてくれない。
パキッ。
ヤバイ! 早くも火耐性の指輪にヒビが入り出す。こうなると、持つのはごくわずかだ。例の紐パンがあるので範囲内ではダメージは無いし、やけどもしないのだが、熱さはどうしようもない。
『ウォーターウォール』『ウォーターウォール』『ウォーターウォール』
水の壁を3重に並べる。俺は、そのまま水の壁に突っ込み、テロリストとすれ違いざまに背負っているリュックをレイピアで切りつけて、そのまま走りさる。
後方では、リュックから漏れ出した重油に引火したのか、爆発音がするが水の壁に阻まれて、建物に被害は無さそうだ。




