第8章-第100話 かってなこうどう
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ウエスト・ヨークシャー州の都市ブラッドフォードに到着する。ここで上の兄2人が同乗してくるという。
ここでも屋根をオープンにして、沿道の国民たちに手を振る。
ブラッドフォードは紡績業が有名でパキスタン系住民が多いところだ。
そのせいか、馬車の周囲を警備する近衛たちはもとより、イギリス陸軍の方々もピリピリした様子が見える。
「フランシス軍曹どこだ。」
軍曹率いる部隊も控えているのだ。さりげなく襟に付けられたマイクをONにすると周囲に視線を巡らしながら、マイクに向かって喋る。
「殿下! 右後方約30メートルの位置です。」
近衛兵は、いざというときに自分の身を盾にしてでも陛下をお守りするのが仕事だ。一通りの訓練は受けているが対テロ戦闘という点では、軍曹たちに分がある。
不自然にならないように気をつけて、そちらに目を向ける。なるほど、馬車の周囲をよく確認できる位置を取っているようだ。
「こちらエンジェル、左前方50メートルの位置です。」
副長はこちらから指示を出さずとも居場所を教えてくれる。呼吸ぴったりだ。
「問題無いか?」
「不審な動きありません。」「こちらも異常なし。」
やはり、副長が一呼吸置いて連絡してくれる。
「あっ・・・。」「子供が・・・。」
報告が入った直後だった。5歳くらいの子供が右前方から、車列に歩いてきたのだ。
馬車のすぐ右後方に居た近衛兵の操る馬に轢かれてしまう。
『フライ』
思わず勝手に身体が動いていた。自分が王子の姿だったことも忘れて飛び出す。きっと、近衛兵も操られている馬もびっくりしたと思う。突然、馬車の中に居たケント王子が目の前を横切ったのだから・・・。
間一髪、馬の足元をすり抜け、俺は子供を横抱きにして沿道傍まで転がる。
「・・・ビエェ―――。」
子供は一瞬、何があったのかという顔をしたが次の瞬間、泣き出す。
「救護班頼む。」
既に車列は止まっていたが、誰も動かない。
「―――救護班。」
「殿下、お怪我は・・・。」
返答の第一声は軍曹だった。
「僕は無い。それよりも子供を頼む。」
ようやく、動き出した近衛兵たちの手によって、すぐ近くで叫んでいたらしい母親らしき女性のところへ連れて行かれる。
ワ―――――ッ。
俺は、引き返し馬車に乗り込んだところで周囲の群衆から、歓声と拍手が飛んできた。
「ほら、答えてあげなさいな。」
俺は、馬車の中で立ち上がり、両手で群衆に手を振り返す。さらにうなり声のような歓声が巻き起こり、次第に全て拍手に変わっていく。
「よくやってくれた。近衛の皆さん、君たちの一糸乱れぬ行進のお陰で躊躇なく飛び出せた。ありがとう。そして、ごめんなさい。」
全ての拍手が鳴り止んだ瞬間を狙い叫ぶ。頭を下げる代わりに英国式の敬礼をするとそれこそ、一糸乱れず敬礼が返ってきた。
どんな理由があろうと彼らの顔を潰してしまったことは確かだ。だが、彼らの表情を見る限り、杞憂のようだ。
そして、何事も無かったかのように馬車は進み出す。
「陛下。お傍を離れてしまって、申し訳ありません。」
アキエと同じくらいの少女の姿を見た途端、何もかもすっ飛んでしまったのだ。これでは護衛失格もいいところだ。
「いいのよ。王室の人気取りも大事な仕事よ。」
エリザベス女王陛下は、そう言って、自らハンカチを取り出して、王子の正装に付いた汚れを取ってくれる。
「恐縮です。」
・・・・・・・
ビクトリア調の建物に横付けされる。ここで上の兄2人と待ち合わせしているらしい。ヨーク競馬場へはすぐだ。
貴賓席に入り、2人の兄と対面する。直接お会いするのは初めてだ。流石に幸子も鈴江も連れてこれない。別の馬車に乗ってきた彼女たちは別の控え室に待機してもらっている。
「地元テレビ局の生中継だったよ。あの鈍くさいケントがあれだけのファインプレーを見せてくれるとはな。」
長兄がそう言ってウインクしてくる。彼も俺が変身していることは知っているはずだ。へえ、ケント王子って鈍くさいんだ。まあ、頭も良くて顔も良くてお金持ちで身分も高いのだ。ひとつくらい欠点があってもいいだろう。
そこへ次兄のスマートフォンに電話が掛かってくる。
「ほら、君宛だ。」
この人の電話番号を知っている人間は、1人しか思い至らない。ケント王子だな。
「もしもし。」
周囲に女王と兄たちしか居ないことを確認するとスピーカーボタンを押して、話をし出す。
「きみねえ、なんてことをしてくれたんだ。」
第一声がこれだ。2人の兄は苦笑いといったところだ。
「はい。申し訳ありません。」
いつもの癖でスマートフォンに向かって謝る。とにかく、怒っている人間には謝っておくに限るのである。外国では通用しないが・・・。
「たぶん、一生あの時のことを質問されるじゃないか。なんと答えればいいのか、今から頭が痛いよ。もう。」
文句たらたらである。それから延々と文句と愚痴を聞かされるハメになった。次第にエリザベス女王の顔色が変わっていく。
きっと、怒りが頂点に達したのだろう。俺の手からスマートフォンを取り上げると電話口に捲し立て始めた。




