第8章-第98話 きんく
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へっ。
思わず、アホ面をかましてしまう。
「そうなのだ。陛下から勅命があったのだ。」
元公爵がそれを受け取ったということは、俺に拒否権は無いらしい。イギリス王室から公爵家に直々に依頼が来てはどうしようもない。
「だってわざわざウィンザー城から馬車でヨークまで行くんだよ。嫌になるよ。だから、おばあさまに進言したのさ。僕の姿で警備担当者を雇えってね。」
目の前のケント王子の策略らしい。しかも自分は賢次さんところにお忍びで遊びに行くので手伝いをしろというのだ。
ふざけんな! と言いたいが、臣下が王子に対してそんなことを言えるはずも無い。
仕方なく王子を連れて賢次さんのアパートメントまで『移動』する。幸子と鈴江は元公爵と警備の打ち合わせをしてくれるらしい。
・・・・・・・
賢次さんは寝起きなのか、ガウン姿だった。目の下にクマまで作っているので夜中まで仕事だったのだろう。そんなときに王子のお守りをしなくてはいけないなんて大変だ。
まあケント王子も立派な取引先なので粗雑に扱うわけにはいかない。急な訪問にも最優先で対応しなくてはいけない相手だ。
賢次さんは俺たちの姿を見つけるとすぐに両手を広げて駆け寄ってくる。
あーあ。
王子は少々オーバーな親愛の情を示す賢次さんのスキンシップがお気に入りのようでいつも大袈裟な挨拶をする姿を見せられ、少し嫌そうな顔の俺を王子が見て、満足そうな顔を返してくるのが恒例だ。
「無事で良かった!」
なんと賢次さんが抱きついてきたのは俺だった。
まさか賢次さんのところまで居なくなったと伝わっていたとは思わなかった。しかも戻ってきたことがさつきから連絡が無かったという。
さつきがミスをするなんて珍しいな。やっぱり鈴江を置いていったのが問題だったかもしれない。俺が反省すべきだな。
「あのう。離してくれませんか?」
俺の存在を確かめようと抱きついたのだろうが随分と長い。しかもがっちりと抱きつかれているので抜け出したくても抜け出せない。
しかも目の前で王子が不機嫌になっていくのがわかるのだ。
「フン!」
そう言って王子が奥に消えていく。
ほら最優先で相手をしないから・・・。
ようやく緩んだ腕から抜け出す。
「ほら行ってください。賢次さんが相手をしなくてはいけないのはケント王子でしょう?」
「今日はしばらく居るんだろう?」
「いえ、これからケント王子の代わりに女王陛下のお守りですよ。」
賢次さんは俺から事情を聞き出すと早足で奥に消えていった。
奥の方からケント王子のかん高い声が響いてくる。しかも何かが割れるような音まで聞こえてくる。自分が優先されなかったことでヒステリーを起こしているようだ。
まだ20歳だもんな。
周囲からチヤホヤされているし、甘やかされて育ってきているから仕方が無い。まだ子供なんだ。ここは聞かなかったことにしておこう。
・・・・・・・
エディンバラ宮殿に戻ると侍従だという人物の手で王子の正装が用意されていた。
はあー。この堅苦しい格好をして馬車に乗らなくてはいけないのか。
思わず溜め息が出る。しかも女王一家だけなのだ。まだ上の兄2人の奥様たちでもいればいいが、女性はエリザベス女王だけ、華が無い華がないだろう。これではケント王子で無くても嫌になるだろう。
再び溜め息をつきながら、正装を着用すると指輪を『偽』に変える。
「へえ、そんなこともできるのね。まさか、悪用してないでしょうね! その指輪があればご婦人のお風呂とか入り放題じゃないの?」
鈴江が物騒なことを言い出す。
「そんなことするか!」
「じゃあ女子トイレは?」
「す、するはずがないだろう。」
思わず噛みそうになったが、なんとかやり過ごす。まさか、本人を前に過去に鈴江の姿で入ったことがあるなんて口が裂けても言えない。
「怪しいわ。そう思わない幸子?」
「そうね。」
確か幸子には言ったはずだ。鈴江の姿や舟本さんの姿で活動していたことをそうしないと舟本さんがあることないこと言いふらすからだ。
クウクスと笑いながら同意するなよ。しかもなにか鈴江と仲良くなってきているようだ。
まあいいんだけどね。ちぇっ。面白く無い。
「そうです。いつも殿下はそうやってふてくされています。そこが可愛いと女性に人気なんですが・・・。」
俺がふてくされいると表情を作っていると勘違いした侍従が傍にやってきて囁いていく。
まあいいんだけどね。
年頃の男に可愛いは禁句だろ。ケント王子のことだそれではますますふてくされるに違いない。
その姿が容易に想像できて笑いそうになってしまう。




