第8章-第93話 えあふぉーすわん
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「私もお人好しじゃないから、命の恩人だろうと精々がギブアンドテイクくらいに考えていたさ。だが彼は違う、違うんだ。」
「えっ、ニコルソンまで。貴方の人を惹きつける力って異常だわ。私も貴方からいくら冷たくされても嫌いになれないのは、このせいなのかしら。」
・・・俺が嫌いになって出て行った癖にそれをいうのか。それに何度も俺からアキエを取り上げようとしたのに、それを言うのか!
きっと、大統領という強い味方を見つけ出したことから、出た余裕なのだろう。
「止めなさい!」
幸子が俺と大統領の間に立ちはだかる。
「鈴江、見てわからないの? 説明したでしょ、今の貴女は記憶をなくしているから、わからないかもしれないけど、トムは貴女に裏切られて酷く傷ついているの。貴女が好きだと言えば言うほど、その傷を抉ることになるのよ。」
「そんなことは無い! そんなことは無いんだ!」
「ならなんでそんな泣きそうな顔をしているのよ。我慢しなくていいのよ。」
そう言って幸子が俺を抱きしめてくれる。
そうか、俺って、そんな顔をしていたのか。抱きしめて貰ったことでスッと心が落ち着く。
「すまん。幸子。もう大丈夫だ。」
「大統領。貴方もです。そうやってトムを情で揺さぶるのは、やめてください。ほら、こうやってトムは、私たち従業員のことを思って、全て我慢してしまうのよ。だから・・・。」
そう言って幸子は俺に抱きついて泣き出した。
「ほら、大丈夫。ありがとう幸子。」
そう言いながら、幸子の頭を撫でる。それでも泣き止まない。
大統領執務室に幸子の静かな泣き声だけが響く。誰も何も言わない。鈴江だけは何かを言おうと口を開きかけるが、俺がそちらに顔を向けると口を閉ざしてしまう。
そんなことが何度か続きようやく、幸子が泣き止んだ。その後、気まずい間があったが問題ない。こんなにも俺のことを理解してくれる女性が傍にいるのだから・・・。
「大統領、お時間です。」
その気まずい空気を払いのけるように補佐官の声が掛かる。
「そうだ。トム殿、この後イギリスに寄るのだろう。乗っていかないか?」
大統領はこの後、バッキンガム宮殿の公式行事に参加するために、イギリスに渡るのだという。特に悪化したとは思っていないのかもしれないが関係改善のためにも、断れなさそうだ。
・・・・・・・
もちろん、大統領専用機だ。
この機体に堂々と鈴江を乗せるのは不味いので『移動』で乗り込んだ。
SPが顔見知りばかりなのは、俺に気を使ってくれたのだろう。別に大統領側近やSPたちから、俺の秘密が漏れるとは考えていないので問題ないのだが・・・。
この機体は747型機を改造したものだという。飛行機の中とは思えない。空飛ぶホワイトハウスと呼ばれているのも頷ける。
だが特に名前が付いている訳では無いらしい。単なる政府専用機だ。これに大統領が乗り込むとエアフォースワンになり、副大統領が乗り込むとエアフォースツーとなるのだという。
これは管制塔とのコールサインで大統領が戦闘機に乗ってもエアフォースワンなのだそうだ。
知り合いのSPが手馴れた口調で説明してくれる。
「やあ、待たせたかな。」
離陸後、執務室で事前の打ち合わせを済ませたのか。小一時間ほど待ったくらいに大統領が現れた。鈴江はファーストレディとも面識があったそうで別室で談笑しているらしい。
ここまでくれば、諦めるしかないようだ。この落ち着ける空間で思いにふけれたことが良かったのだろう。ある意味アメリカ最高峰の教育を受ける機会をアキエが得たのだ。
まだまだ、いろいろくすぶっているが、それは自分の気持ちにけりをつけるだけの話なのだ。アキエにとってプラスになることはあってもマイナスになることはあるまい。
「いえ、落ち着きますね。ここ。」
「この振動と騒音さえなければな。」
そう言って大統領が笑いかけてくる。幸子はずっと俺の腕にしがみついたままだ。あまりの異空間に恐怖を抱いているらしい。ホワイトハウスでは、大統領に食ってかかったっていうのに変なところで気が小さい・・・いや、違うな。こうやって俺をなぐませてくれているのだろう。
この騒音さえも意識を外部と遮断するには役に立ったようだ。あとは鈴江の気持ち次第だが、これは言わずもがなだろう。
急に機体が傾く。とっさに幸子を庇う。
「どうした?」
「正体不明の戦闘機が近づいてきましたので回避行動を取りました。」
大西洋に配置された空母から連絡が入ってきたらしい。
右に左に上に下に・・・きっと、ミサイルの射程圏外に逃れるためだろう。俺は、手近なSP用座席に幸子を縛り付け、機体後部に向かう。
「大統領、機体後部のハッチを開けてください。」
俺はそう言い残すと幸子に軽く抱きしめると身を翻した。




