第8章-第86話 しっそう
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特に幸子の顔は余程泣きはらしたらしく、落ちくぼんでいる。というか、外で化粧をしていないスッピンの姿を見せるとは、いったい何があったというのだろうか。
二人とも、俺の姿をとらえると、信じられないほど目を見開いたと思ったら、俺の胸に飛び込んで来た。
何の涙かはわからないが、とにかくすがりついて泣いている二人をあやすように両手で頭を撫で続けると安心したのか二人の身体の力が抜けていく。
これまでなら、そのまま3人で倒れてしまっただろうが、今の俺は違う、ガッシリと二人の身体を支えられるのだ。流石に騎士として得た筋力は違うなあと少し場違いなことを思っていた。
「本当にトムなのね。」
さつきがそう言って立ち上がると俺の顎をクイっと持ち上げて、キスをしてくる。これじゃ、さっきの反対じゃないか・・・騎士になっても相変わらずの身長差だから、仕方がないのかもしれないが何か釈然としないものがあるな。
1分経っても10分経っても終わる気配が見えない。横では幸子が俺の腕に身体を押し付けるように絡みつくように締め上げ始めている。
いったい、どうしたって言うのだろう。
「ねえねえ、私たちはいつまで、ここで見ていればいいのかしら。」
結局、痺れを切らしたのは、俺では無く、鈴江だった。俺がそちらに目を向けると爪をガジガジと噛む姿が見えた。あれはイライラが頂点に近いときに出る癖だ。普段は爪の形を気にして我慢しているのだという。
「そうだ。さつき、いったい何があったんだ?」
俺はやんわりとさつきの肩を持ち、視線を合わせて言った。
「あなた・・・あなたが死んでしまったのだと・・・。」
「いったい、誰がそんなデマを・・・そうかお義兄さんか?」
あの人は、時折とんでもないことを言い出すからな。
「違うの。陛下が、この世界から消えたと・・・。」
話をよく聞いてみるとセイヤは、日本でも異世界でも俺の大まかな位置を特定できるんだそうだ。なんだろう、いつの間にか俺の身体にGPSでも仕込んだのか?
そうか、寝ている間に改造人間に・・・って違うだろう。
それが急に位置を特定できなくなってしまったのだという。スカイぺで連絡が入ってきたタイミングを聞くと渚佑子共々、召喚されたタイミングだ。
セイヤの使う魔法だと思うがそんなに頻繁に使えるようなものなのだろうか。あまりにもタイミングがあいすぎている気がする。
「申し訳ありません。私が巻き込んでしまったばかりに・・・。」
渚佑子がさつきたちの前で土下座をしている。
「すまない!まさかこんなことになっているとは、思わなかったのだ。」
俺は、渚佑子の隣で土下座する。こういうときは素直に謝るのが一番だ。もちろん、後ろ暗いところなんて・・・・・・無い・・・のだから。
「うん、うん。私たちの傍に戻ってきてくれさえすれば、いいの。ね、立って、大賢さんも・・・。」
なんかたくさんの思いが見え隠れする言葉が返ってきた。俺がいない間、彼女たちの中で葛藤があったのだろう。突然、失踪されたら、誰でもそうなってしまうだろう。
「いいのかしら。本当に。この男、向こうの世界でやりたい放題、やっていたわよ。」
良い雰囲気をぶち壊す爆弾を鈴江が落としてくる。
おかしい、コイツは王宮に籠もっていたので最近の俺の動向なんかわからないはず。ローズ婆さんだな、ペラペラと喋ったのは・・・。
さつきも幸子も、何を言っているのかしら、この人。とばかりに視線を僅かに向けただけで、すぐに笑顔をこちらに向ける。
「なによ!本当なのよ。私のことを放っておいて、ダンジョン攻略とか言いながら、周囲に居るのは女性ばかりだったわ。」
ローズ婆さんも長い間籠もっていたせいで最近の俺の動向まで把握していなかったらしい。まあ、何を言ったとしても、コイツの発言を信用する人間は、ここに居ないだろうけど。
元々、コイツには、口止めどころか、日本に戻る寸前まで放っておいたのだ。コイツに口止めなんかした日にゃ、躍起になってしまうだろうことは、わかっていたからだ。
「それがどうしたの。ここでも異世界でも、この人の周りには、人が集まるの。私は、一生懸命にその人たちを幸せにしようとする、この人が大好きなの。貴女には、言ってもわからないだろうけど。」
「なによ、それ。私が何をしたって言うのよ!ねえなんで、あなたは、私にだけ冷たいの!!」
そう言って俺に対して、詰め寄ってくる。どうやら、過去の罪状を渚佑子から聞かされてはいないようだ。
周囲の気温が急激に下がったようだった。さつきが、幸子が、渚佑子が口を開こうと・・・。




