第7章-第78話 あっさり
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対戦相手には失礼かも知れないが彼女が指揮官として指導者として経験を積む良い機会なのだ。
ティナは次の娘と俺の傍らまで連れだってくると話を始める。きっと、自分の方針に間違いがないか確認したいのだろうが、内容には口出しをしないつもりだ。
作戦は思った通り、手数を抑えつつ攻める姿勢を示すことで致命的な攻撃を受けず、時間切れに持ち込むことだ。そうすれば最低限引き分けに持ち込める。
ルール上引き分けになれば、問題の人物は対戦相手ではなくなるのだ。
それを聞き、俺が頷くとティナは満面の笑みを見せる。
「なぜです?あんな鈍くさいヤツには、負けません!」
「・・・全体のことを考えなさい!・・・その場の勝ち負けにこだわるんじゃありません!・・・いつも伯爵がおっしゃってるでしょ、最後まで生き残ること。それこそが勝利なのだと!」
普段、俺の言っていることを思い出しつつ喋っているのだろう。つっかえつつも、俺の言いたいことを全て言ってくれた。
それは良いのだが、最後のドヤ顔でこちらに視線を送って来るのはどうなんだ。
「ですけど・・・。」
「大丈夫よ。伯爵は、貴女の成長ぶりで判断なさるわ。貴女は伯爵を悲しませたいの?」
「違います。」
彼女も半分はこちらに視線を向けて喋ってくる。二人とも基本姿勢がなっていないなぁ。これは減点だな。
・・・・・・・
第2試合が終わり、両者引き分けが言い渡されたがティナは想定通りだったためか、2分経っても3分経っても黙ったままだ。
「ちょっと待った!」
俺は立ち上がり声を上げる。
「今のは、こちらの優勢勝ちだ!」
ダメージは無くとも圧倒的こちらの手数が相手に当たっており、向こうは1打撃もこちらに入れられなかったのだ。無駄だとわかっていても、抗議を入れるべきなのだ。
それいかんによって、戦っている人間の士気が随分と変わってくるはずなのだ。
案の定、戦った彼女の顔は紅潮し、熱い視線が送られてくる。変わりにティナに対しては視線が冷ややかになったようだ。
俺は慌てて指輪を『囁』に変えてブツブツと呟いた。これは視界に居る特定の人物の耳に直接、言葉を届けることができる。ダンジョン攻略で各班のリーダーに指示を出すのに重宝した。
ティナは少し悔しそうな顔をすると、審判のほうへ抗議しに行った。猛烈な抗議の末、勝利を勝ち取ることに成功する。意気揚々と引き揚げてくるティナに対する視線が柔らかくなったのを見て少し安堵した。
このあたりのさじ加減が難しい。今回ティナという直上司を飛び越え発言したがその後のフォローを間違うと大変なことになるのだ。
ティナが勝利の報告をすると、いかにも褒めて欲しそうな顔付きになった。
「二人ともよくやった。これで勝利に一歩近づいた。続けて頼むぞ。」
そういって、二人の肩の角を軽く叩く。これ以上、先に触れることは、自分に禁じている。セクハラは絶対にダメだからだ。
彼女たちの不満そうな顔が一瞬見えたような気がしたが気のせいだろう。男同士じゃあるまいしスクラムを組んで大胆に触ったら一発アウトだ。
・・・・・・・
「頼む!お願いだ。」
結局、後ろ3人の出番は無かった。彼女たち攻略者がダンジョン攻略から帰還したあとまずすることがある。それは、渚佑子によるレベルの確認だ。
自己申告による敵を倒した数からレベルのあがり具合を統計的に調べ、今後のレベリングの参考資料を作るためのものだ。
それによると、今の2軍の最下位でも冒険者ギルドのSランカーを遥か上を行くのである。
どうしても女性に教わるのに抵抗があるらしい。そこで推薦状はいらないから名前だけでもと元団長が土下座をしてまで頼み込んできたのである。
「アルだ。」
「アルって、近衛師団元副団長のアルスティッポスか?」
「そうだ。近衛師団団長代理のアルスティッポスだ。」
どうも、自分の部下だったときのイメージしか残っていないようだ。
「頼みやすいだろ。」
そう言って笑いかけると返って来たのは、苦々しい顔だった。
アルは元々、ある侯爵家の5男で、剣の腕も外交センスも抜群で出世街道まっしぐらだったはずなのだが、その頭を押さえつけ手柄を横取りしていた人物が居たため、3年以上も副団長に甘んじていたそうだ。
それがポセイドロ国の一件を機に一気に男爵を襲爵したそうだ。今はまだ、ポセイドロ国で俺専属の一団員に甘んじているが、いずれ王国でも中枢の役職を与えられるそうだ。
というわけでぜんぜん戦いがありませんでした。




