第7章-第77話 ふとっちょ
お読み頂きましてありがとうございます。
周囲にはいつの間にか観客席が設けられ、アンド氏を含め、お歴々の方々が勢揃いしている。
おかしい!
昨日まで忙しい忙しいと休む隙が無いと嘆いていた方々ばかりだ。
しかも、先日帰還したばかりで俺に報告するなりバタンキューだったアポロディーナもがメルハンデスの隣でフライドポテトを持ち込んで解説しているようだ。
その様子を羨ましげな視線を投げつつもこちらが見ていることに気付くと手を振ってくるローズ婆さんが居る。ブレないなこの人は。
男たちが入場してくると周囲はざわめきだした。一際目をひく大男が入場してきたからだ。
有名な男らしい。全身鎧づくめだが頭は脱いでいるらしく、片手に兜を持っている。
隣のティナに話を聞くと冒険者ランクはCクラスでただの気の弱いデブなのだそうだ。
ティナはそう言いながらも苦い顔付きをしている。
「そんなに不味い相手なのか?」
「最悪の相性でしょう。彼は臆病で鈍感なのです。」
俺はその言葉を聞いてひらめく。
「まさか、あの鎧は・・・。」
「ええ、そのまさかです。わずかに開いた空気穴や関節部以外は死角が無いのです。さらに痛みに鈍感なので鎧の上から叩かれてもほとんど痛みを感じないのです。」
「じゃあ彼女たちのレイピアじゃ・・・。」
「ほとんどダメージは無いでしょう。大型剣なら蓄積ダメージで倒せるでしょうが・・・。」
そう言っているうちに第1試合が始まってしまう。
鈍重な男の動きに比べ、うちの攻略者の動きはシャープだ。フェンシングの戦術教本の通り、一撃を入れては、後ろに下がる。
その華麗な動きは見ていてホレボレするほどだった。
だが男のほうは、まるで蚊にでも刺されたかのように手で払い、ノロノロと彼女のほうに近づいていく。
このパターンが延々と続いていったのである。もうこうなってしまえばジリ貧である。10分も経過する頃には彼女の動きが鈍ってくる。
そしてとうとう、捕まってしまう。彼女たちの装備は、露出が多く、動く速度を阻害しないように股間と胸当て以外は強固だが魔獣の薄い革製のだ。
男は彼女を抱き込むと兜を脱ぎ捨てその感触を楽しむかのような奇妙な動きをする。彼女もダメージは無いようだが苦痛に歪んでいく。
思わず羨ましげな、敵味方関係無くため息が会場の男たちから発せられる。
「痛っ。痛いって。」
俺は歯を食いしばって、そのような視線を送るのを耐えていたのだが、ティナに耳を引っ張られてしまう。
これは攻略部隊で彼女たちを叱るときにセクハラにならないために考えに考えて作ったルールだ。偶に外でこのやりとりをすると変な視線を送られるがそれは気にしないことにしている。
俺はその羨ま・・いや奇妙な動きをした時点でタオルを投げ込んだのだが、卑怯にも離れないのだ。
「終わりだ。離れろ!」
彼らに近付き次第に卑猥な動きになりつつあった男に近付き、彼女が取り落としたレイピアを拾い上げ突きつける。
「ひっ。」
思わず仰け反った男を残して、彼女と『移動』を使い戻ってきた。
「大丈夫だったか?」
「ケガはありませんがトリハダがたってます。」
「おおっと。悪い、離したほうが・・・。」
軽い男性恐怖症に陥っているのではと思わず手を離そうとするが彼女のほうが掴んで離してくれない。
「ごめんなさい。しばらく、こうさせてほしいの。・・・ああ、やっぱり安心するわ。」
俺も男なんだがなぁ。この低い身長のせいだろうか。時折、こうして安心されることがある。地味に傷付くんだがなぁ。
そんなことはおくびにも出さず、もう片方の手で彼女の冷たくなった手を包み込むとだんだん暖かくなってきたらしく、わずかに頬が紅潮してくる。
「もういいでしょ。」
いつもまにか、隣に来ていたティナが俺と彼女を引っ張っていく。
「貴女は、さっきの試合のどこが悪かったか、考えなさい。あとで報告すること。いいね。」
優しいだけじゃなく、こうやって厳しく教え込むことも彼女に多くのファンがつく原因なのだろう。
「次の娘にはアドバイスしないのか?」
「ええ、そういうことは自分で気付けなくては勉強になりませんから。」
そう言って胸をはる彼女の耳を引っ張る。
「痛ったーい。何を・・・。」
ティナは抗議の声をあげそうになるが、俺の真剣な様子をみると沈黙した。
「・・・・・・いつも伯爵が言ってくださることでしょ。」
「それは、練習の時だからだ。本番中と練習中の区別をはっきりつけろ。」
「本番中は部下たちの命を最優先に考えるんだ。」
俺がそう言うとハッとした顔になった。




