第6章-第65話 ひきょうもの
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「うわぁーあーぁー、な、なんですか?」
それほど深い眠りに入っていなかったのだろう。人の気配を感じ、目を開けてみれば、どアップでローズ婆さんの顔があったのだ。驚くなっていうほうが無理だろう。
「あら、起きちゃったの。キスのひとつでもいただこうと思ったのに!」
ここはローズ婆さんの本拠地なのに油断した俺がバカだったのだろう。
「出ていってください。」
俺は咄嗟に紐パンにMPを投入しようと思ったががっしりと両腕を捕まえられているのだ。しかも女性とは思えない怪力で全く動かせない。
「私のお願いをきいてくれない?」
「嫌です。」
俺は覚醒途中のボケボケの頭を犯られる恐怖により無理矢理起こして、即座に返事をする。
「そう言わずねえ。貴方、いったいあれからどれだけ経っていると思っているの。いったい、いつになればミネルヴァと結ばれるの。それとも私としたいの?」
俺は全力で首を横に振る。もともと3日間の休暇のつもりだったのだ。種馬としての俺にも休暇を与え誰ともするつもりはなかったのだ。
「貴方のような人物が子供をつくらないなんてあり得ないわ。そんなにこの世界の女性は嫌い?」
「いえ。」
ローズ婆さんだけは勘弁してほしいが・・・。
「それにね。ミネルヴァがあのとき何もなかったと本当に思っているの?いつかは人から伝わるでしょう。そのときの衝撃を少しでも和らげてあげたいのよ。手伝ってくれないかな。」
ミネルヴァが誘拐されてから殺されるまでの間の記憶は蘇生魔法の後遺症で消えているのは知っている。
だが俺がミネルヴァを首相に抜擢したことで妬みを買い、当時のことを知っている人物から、情報が漏れるのは絶対に避けなければならないことだ。
もちろん、そういう人物がミネルヴァに近付かないように対策は十分とっているつもりだ。
だがどんなことにも絶対ということはない。万が一、漏れた場合の対策をとっておくことは必要だと思うのだが、それが俺でいいのか?
「ミネルヴァは?」
本人の気持ちが大事だ。恋人がいるかもしれないしな。
「もちろん、了解しているわ。・・・おいで!ミネルヴァ。」
あまりにも目の前のローズ婆さんのインパクトが強すぎて見逃していたらしい。部屋のスミに佇んでいるようだ。
「任せて大丈夫よね。」
「ああ。」
どうかえしてもローズ婆さんに口で負けると覚った俺は曖昧に返事を返す。
「せっかくの機会なんだから楽しんでね。」
そうミネルヴァに声をかけるとローズ婆さんはそそくさと部屋を出て行った。
「それでローズになんていいふくめられたんだ?」
「伯爵はあのときのことを苦しんでいるから、慰めてらっしゃいって。それでこの部屋にきて、あのその・・・うなされていらっしゃる姿を・・・。」
やっぱりか。どうやら、ローズ婆さんはハメるつもりのようだ。いままではクリスティーという抱き枕があったので、うなされるようなことはなかったのだが、一人寝をするようになると、例の夢でうなされるのだ。
ローズ婆さんはどこからかその姿を見て、そんな風に説明したのだろう。
「ああ、あれは過去のことでな。いまだにうなされるのだよ。決してミネルヴァのせいじゃない。」
「でも、でも・・・ミネルヴァ・・・って。」
どうやら、もうひとつトラウマができてしまったようだ。過去のものとなりつつあった記憶と目の前で繰広げられた死が重なることで心にきざみつけられてしまったようだ。
「そうか。情けないだろ。今は持ち上げられているが実情はこんなものだ。やめよう。君にはもっと似合いの人がいるはず。」
「そんなことはありません。私は伯爵がいいんです!」
思いのほか強い主張にびっくりする。
「俺は居なくなる人間だ。君を幸せにして上げられない人間なんだ。ね、解かってくれないか。」
「私のこと嫌いですか?」
「ひ、卑怯だぞ!ああ、そんなことを言う君は。き、き、き、き・・・。・・・・・・・・。完敗だ。だから、そんな目で見ないでくれないか。」
俺はどうしても、嫌いだということができなかったのだった。




