第6章-第62話 少女M
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「ちょーっと待ったー。その男は、直ぐに帰ると聞いている。その次は、誰になるんだ!」
俺は目線だけを議長に向けると苦りきった顔をしている。
俺の名前を出し、賛同を得たあとで、クリスティーのことを持ち出すつもりだったに違いない。
「それに、その男は、アルテミスの貴族だろ。アルテミスの属国にするつもりか?」
「彼の協力無くしては、国づくりもダンジョン攻略もできない。是非とも賛同して頂きたい。」
「それは解かるが、他に方法があるだろう。」
「無理だ。彼は、この世界で欲しいものが無いようなのだ。金も女も名誉もいらないそうだ。彼の協力を得るためには彼の助言に従うより他にないのだ。わかってほしい。」
ようやく、議長にも、俺の思いが伝わったようだ。
「そんな男が、居るのか・・・。」
質問した男は、あんぐりと口を開けている。この国では、金と女と権力が全てらしい。
「それならば、無理矢理、協力させればいいだろう。」
民衆のさらに後方から、声が聞こえてきた。数十人の集団が人を掻き分けて、この建物のすぐ近くまでやってきた。その先頭には、女を羽交い絞めにした男が・・・。
あれは・・・ミネルヴァ・・・このポセイドロ国で出張所で勤務していてくれた女性だ。
不味い。彼女は、冒険者ギルドから派遣されてきたのだが、冒険者の経験は皆無だったはずだ。話合って、首都から避難してくれたはずだったのだが・・・、そういえば、確認していなかった。
「ほら、命乞いをしろよ。伯爵様に懇願しろ、お優しい伯爵様のことだ、きっと叶えて下さるだろうよ。」
男はミネルヴァの猿轡を外すとそんなふうに言う。ミネルヴァは、服こそ真新しいものを着用していたが、見えるところにアザや怪我を負っているらしく、痛々しい姿になっていた。
周囲に居る民衆も静観するつもりのようだ。つまり、脅してでも言うことをきかせるという手段を選択したということだ。この国の国民は・・・。だから、暴力で政権を取った国民は嫌なんだ。
「伯爵様、もうしわけありません。どうしても、気になって・・・それで、それで・・・先に逝くことをお許しください。」
ミネルヴァは、そう言うと男の持っている短剣に向かって、自ら飛び込んでいく。
「バカな。」
男は呟く。ミネルヴァの首筋に食い込んだ刃から大量の血が吹き出る。そのせいなのか、男はミネルヴァを離してしまう。
俺は、頭が真っ白になりながらも、無意識に『移動』を選択していたらしい。いつのまにか、手に持っていたレイピアを振り回す、まるで良く研いだ刺身包丁で紙を切っているような感触だ。
俺はミネルヴァを抱え込みながら、夢中になって、周囲の人間を切り刻む。
「た、助けてくれ。俺たちは、頼まれたんだ。」
集団の最後の1人になったとき、ようやく、その男が声を絞りだした。男は、既に太腿や腕に深い傷を負っているようだ。
「誰にだ。」
その男の口から出てきたのは、商業ギルドのギルド長だった男の名前だ。さらに聞いてもいないことまで、ペラペラと喋る。この騒ぎに乗じて、首都を覆う城壁の一部を壊して、国外に脱出する腹積もりらしい。
「伯爵・・・伯爵!!」
そこでようやく、建物の壇上に居る、渚佑子の声が届く。
「伯爵、まだ間に合います。私の残存魔力も十分です。」
そこまで聞いて、ようやく渚佑子が何を言いたいかわかった。そうだ。蘇生魔法があったんだ。俺は、男が動けないようにレイピアで片足の足首を切り離す。あとで渚佑子に治療させれば、死にはしないだろう。
ミネルヴァを抱えたまま、渚佑子の傍に『移動』する。そして、渚佑子も連れて、神父のところまで『移動』する。
「緊急事態だ。彼女を治療してくれ!」
「傷は治せますが、命までは・・・。」
ミネルヴァの状態をみて、わかったのだろう。首を振りながら、そう言ってくる。そんなことは、解かっている。
「渚佑子は蘇生魔法が使えるのだ。」
俺は周囲に誰も居ないことを確認し、彼の耳元で囁いた。
「本当ですか?」
「早く!間に合わなくなる。」
あれから、20分以上経っている。
「わ、わかった。では、いくぞ。」
俺や渚佑子の治癒魔法は生きている人間にしか効果がない。だが、彼の魔法ならばと一縷の望みをかけたのだ。
見る見るうちに、傷が塞がっていく。きっと、暴力を受けたであろう身体の傷もすっかり治ってしまった。
「終わった。」
「では、行います。」
祈る気持ちでその瞬間を待つ。そして・・・
「あれっ。伯爵、どうしたんですか?」
「大丈夫か?」
「私、そうだ。誰かに殴られて・・・伯爵が助けてくれたのですね。ありがとうございます。そして、ごめんなさい。避難できませんでした。」
どうやら、殴られ誘拐された直後からの記憶が失われているようだ。この子の気性を考えれば、ちゃんと確認するべきだったのだ。完全に俺のミスだ。
神父は何かを聞きたそうな顔をしていたが、俺がひとさしゆびを口元に持っていくと頷いてくれた。
「すまんが、ミネルヴァを預かってくれ。」
「はい。わかりました。」
俺は、そのまま渚佑子を連れ、ローズ婆さんのところへ『移動』する。
「大丈夫?」
「ああ、助かったよ。」
「そうじゃなくて、貴方が大丈夫なのか聞いてるのよ。」
「俺か、別になんとも無いぞ。」
「大切な人なんでしょ。見ていればわかるわ。」
なにか、誤解をしているようだが、放っておくことにした。
トムの異常な従業員を思う心は、そこらじゅうに誤解を産んでます(笑)




