第4章-第43話 しんがり
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「カザフィ軍曹。行けるか?」
結局、アポロディーナの退避路の道案内は兵士たちに任せたのだが、騎士の彼だけは未だ戦い続けている仲間たちのところへどうしても戻ると言い張ったため、自分の身は自分で守ることを条件に同行してもらっている。
幸いにして、彼の利き腕は残っている。また、試作品だがこの騎士が使うようなオリハルコン鋼を使用した英国製の剣も所持していたので彼に渡した。
「ああ、この剣すごく手に馴染むよ。本当に貰ってもいいのか?」
剣などの刃渡りがある程度あるものは、アルドバラン公爵家のご用達のメーカーと共同開発しているのだ。流石に軍閥だけのことはあり、その種の影響力は計り知れない。
「必ず、生き残ってくれよ。」
「もちろんだ。都に戻るまでに死んでたまるか。」
彼は一時期、軍団長まで登りつめた経歴の持ち主で他の兵士に聞いた話では女性で失敗して、この辺境まで飛ばされてきたのだという。
左右の高い山に挟まれたこの山の中腹で暴走している数百頭の魔獣たちと戦っている兵士たちを撤退させるために、この狭くなった谷間の中央に僅かな道だけを残して、空間魔法で幅10メートル、深さ100メートルの穴を掘った。
『エルアデアに求める・・・』
兵士たちが戦っている後方、およそ300メートルで渚佑子が大規模攻撃魔法を唱え始める。唱え終わるまでにおよそ100秒ほどで兵士を撤退させつつ、俺と彼が渚佑子の前で殿を勤める。
最悪、俺の例の紐パンの範囲内に渚佑子を抱きこみ、守ろうと思っているがそれは、彼女だけしか守れないのだ。どうしても、彼自身の手で自身を守ってもらう必要があるのだ。
彼の号令で兵士たちが整然とした無駄の無い動きで撤退し始める。兵士曰く、普段ただのスケベなおっさんなのだが、戦場では窮地になればなるほど能力を発揮するタイプだという。
彼も俺も渚佑子が魔法を唱え終わるまで守りきった。
周囲に居た魔獣たちが一瞬にして黒こげになる。その後方に居た魔獣たちも酷い火傷を負いどんどん倒れていっているが全体の3割といった感じだ。
渚佑子は、レアのMP回復ポーションで回復しつつ、撤退を始める。それと同時に兵士たちの完全撤退が開始する。
残り7割の魔獣たちがここまで到達するのは、およそ5分といったところだ。残り30秒のところで兵士たちと渚佑子の撤退が完了したため、打ち合わせ通り、俺たちも殿を勤めつつ撤退を始める。
そこからが大変だった。後方に魔獣を行かせないようにしつつ撤退するのだ。生半可な技量では勤められなかったに違い無い。
だが俺は、この世界ではありえない騎士レベルまで到達していたらしい。剣と身体が自由自在に動く。目の前に押し寄せてくる魔獣たちを裁きながら、軍曹もかばいつつ、穴のすぐ前方まで到達するのにそこから約20分ほど掛かったことからも解かるだろう。
俺は退避路を空間魔法で左右と同様の穴にすると『移動』で彼を連れて、穴の反対側まで飛んだ。
そこからは、もう一種のショーだった。数秒に1回、渚佑子の強力な攻撃魔法が放たれる度に数頭の魔獣が確実に殺されていく。
若干、後ろから押されて穴に落ちた魔獣も居たが、それはごく一部で目の前に居た数百頭の魔獣が全ていなくなってから、まるで的屋で景品を撃つように最後の一頭まで殺された。
・・・・・・・
最後の一頭が殺された瞬間、大きな歓声が上がった。兵士たちが各々の戦いぶりを称えあい、生き残ったことに対する喜びを噛み締める姿が印象的だった。
「凄かった。まったく、腕をなくした男とは思えなかったよ。まだまだ、現役で戦えそうだな。」
俺もカザフィ軍曹の身体を叩き、健闘を称えた。
「そっちこそ、その華奢な身体で歴戦の戦士に勝るとも劣らない戦いぶりには感服した。」
「渚佑子は、大丈夫だったか?」
「ええ、戦線を20分も維持して頂いたおかげで、ソレの連続飲用もできたので、なんとかなりました。」
足元に落ちているMP回復ポーションのビンを指して言う。そうレアのMP回復ポーションは30分以内に連続飲用するとポーション酔いが発生するのだ。流石に勇者の総MPは凄い。大規模攻撃魔法を放った後にあれだけの強力な魔法を10分以上打ち続けたらしい。
・・・・・・・
その場で若干の休憩と兵士たちの怪我を治した俺たちは、軍曹の勧めもあり近隣の村に向かっている。アポロディーナたちもそちらに退避したはずという。
途中、高台に教会がある場所を通り過ぎるとそこには、多くの羊が居り、所々に小さな家がぽつんぽつんと建っていた。
さらに歩いていくと山に築かれた城壁と兵舎が見えてきた。およそ1500年前、今回のような魔獣の暴走が発生したときに作られた城壁で魔獣は外から入って来れないように建てられたのだということだった。




