第1章-第1話 父は王子さま
35年前、前々代の国王が崩御された際に次期国王に2人の王子が立ったそうである。
長子が継ぐべしという慣例により、俺の父が安穏と過ごしていたのが悪かったらしい。異母弟であるセイヤの父親は、非常に腕の立つ武人として、才能を発揮しほぼ実力で左軍の将軍にまで登り詰めていたそうだ。
父に付く保守派貴族とセイヤの父に付く軍部系貴族で、国が真っ二つに分かれたそうである。結局、国王の崩御直後に端を発したクーデターにより、セイヤの父が王都を制圧し即位したそうだ。
もう1人の王子である俺の父親は、父親を支持していた貴族共々、処刑されるところを命からがら母と共に異世界である日本へ逃げ延びたそうである。
それがその30年後、セイヤの父が崩御し、王太子であったセイヤが後を継いだそうで、その後2年の紆余曲折を経て現王妃を娶り、今に至るそうだ。
「なんなら、トム殿に王位を譲っても構わぬのだがのう。」
「いえいえ、それはご勘弁ください。」
俺は思いもしないセイヤの発言に対して即座に断る。自分の娘の将来だけでも、ストレスで胃が痛いのに、国や国民の将来なんて背負いたくない。
「トム殿の父の怨念とは思っていないが、俺はどうやら子作りができないらしいのだ。トム殿の温情に縋るしか無いんだ。お願いできぬか?」
「あ、あのう。それにお答えする前に、いくつか質問させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わぬ。なんでも申してみよ。」
「もし、その申し出をお受けした場合、俺はこの後宮に住むことになるのでしょうか?」
「いや一度、異世界との境を越えたものは、比較的簡単に行き来できるでのう。そうだな、7日置きに来て頂き1泊して帰って頂くという周期でお願いしたいのう。」
よかった。帰れるんだ。父が日本に渡ったのだから帰れるとは思っていたが、確信がなかったから不安だったのだ。俺はそれを聞いて安心した。
「そんなに異世界の境を越えるというのは、大変なことなんですか?」
「ああ、呼ぶ側にも呼ばれる側にも強い意志がいるのだ。ここ半年余り、公務の間を縫って、何度となく召喚魔法を唱えたがうまくいかなかった。トム殿は、ここに来る直前、なにか何処かに行ってしまいたいとか思わなかったかのう?」
俺はそれを聞き、ここに来る直前に逃げ出したいと・・・この日本からどこか遠くに行ってしまいたい・・・と思っていたのだと、初めて自覚した。
「はあ・・・。まあ、いろいろありまして・・・。」
「いや、無理には聞かぬ。言いづらいことなのであろう?」
「そうですね。自分の中でもまだ整理がついていないことなので・・・。」
「そうだろう、そうだろう。」
「次に、境を越えるタイミングはどうなるのでしょうか?」
「この指輪を付けて頂けないかのう。できれば、左手の薬指がよいのだが。・・・トム殿は既婚者であったかのう?」
セイヤは胸元から大事そうに指輪を取り出すと、机の上に置いた。
「いえ、これはもう必要ないものです。」
そうと言って俺は結婚指輪を外す。
いつまでも未練ったらしいな俺は。こんなものをつけて・・・。そのまま机の上に置き、替わりにセイヤの出した指輪をつける。ずいぶん大きいようだ。
俺が指輪を付けた途端、セイヤは口元でなにやら唱えた。その途端、数秒間指輪が青白く光ったあと元に戻る。あれっ指にぴったりになった。
「さきほどのように3回青白く光ったら、こちらの用意が整った合図だ。その指輪の上のダイアルを回してもらえないか、いろんな文字が浮かび上がると思うが、異世界の言葉で『送』と出てきたら止めてくれないかのう。」
俺はダイヤルを回す、『炎』『水』『風』『雷』『癒』などの文字が浮かび上がる。どんどんまわしていくと『送』が現れ、止める。
「これでよいでしょうか?」
「それでよい。こちらは、それを合図に召喚魔法を唱える・・・というわけだ。」
ん、わかりやすいな。だれもいないときを見計らってダイヤルを合わせばいいんだな。
「ちなみに重量はどれくらい行き来できるのですか?」
「そうだな。大人2人分までかのう。誰かつれてくるのか?そのときは手さえつないでおれば大丈夫だぞ。」
「向こうの世界で俺は商人なんです。できれば、こちらの世界でも商いをしたいのですが、荷物は持ち込むことができますか?」
「荷物は、この袋に入れればよいぞ。これは200キロまで何でも入る袋だ。入れても重くならない。折りたたんで、ポケットにでも入れておけば召喚魔法の重量制限には、ひっかからないぞ。」
こ、これは・・・親父の遺品にあったものとよく似ている。多分、親父も異世界のものを持ち込んだのかもしれないな。
「どうやって、出し入れするのですか?」
「こうやって入れたいものを右手に袋を左手に持って、『入れ』と念じるだけだ。出すときは、入れたものをイメージして、『出ろ』と念じれば、右手に出現するぞ。ちなみに袋を逆さにして、『全部出ろ』と念じれば、袋の入り口から入れたものが全て出るぞ。」
「これは、誰にでも使えるのですか?」
「そうだ。袋を奪われたら終わりだ。気をつけるのだぞ。」
「大変恐縮ですが、この依頼を受けると報酬は頂けるのですか?」
「ああ、そういえば言い忘れていたのう。もちろんだ。1回ごとに10万G差し上げようと思う。」
セイヤに聞いたところでは、10万Gで小さな家なら1軒買えるくらいの金額だそうだ。でもこちらの通貨で貰っても困るな。
「それを貴金属で頂いても構わないですか?」
最近はジュエリーなんとかという店で貴金属の買取をしているから、それで換金するしかないだろう。
「いや、こちらの通貨で渡すから街に出て買ってくるがよい。王族のみが知る秘密の抜け穴があるのだ。念のため、出入りの商人という身分証明も渡すからそれで王宮の正面から入ることもできるぞ。」
「それで俺の仕事は、王妃様との子作りだけでよいのですね。」
「ああ、それで合っておるぞ。」
「もし、王妃様に子供が出来れば、お役御免でしょうか?」
「いや、何人も子作りしてもらわなくてはならない。できるだけ長い間のお付き合いとして頂きたい。もちろん、王妃が妊娠中も子供の父親が傍にいるほうが安心するだろうから、出来るだけ付いて上げてほしいかのう。」
俺は、もうほとんど決めたも同然だ。この美女と子作りをして、お金が貰えるなんて、うまい話はそう転がっていまい。
あまりにうまい話すぎて、なにか裏があるのかもしれないが、子供の養育費のために背に腹は代えられない。
それに将来的には、自分で行き来できるようになって、こちらでも本物の商人となって活躍してみたいものだ。
「あの俺でも、召喚魔法は覚えられますか?」
「ああ、なにせトム殿の父親は、奥さんと子供を連れて一人で異世界へ渡ったくらい召喚魔法に長けた方だったと聞く。その血を受け継ぐトム殿ができないはずはなかろう。おいおい、魔法もお教えしようかのう。」
「では、この話お受けします。よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしく頼むぞ。では、こちらが報酬の1000Gの通貨が100枚だ。」
ん、どうみても、一円玉のようだが。もしかして、担がれているのか?それとも、本当なのだろうか?そうだ、両替用に一円玉の束があったな。
「あの、この硬貨がそんなに価値が高いものなんですか?」
と、一円玉の束を出してみせる。
「そうだ。アルミといったかな?この金属はこの世界では殆ど取れない金属なのだ。西のほうでは、通用しないがこの国より東のほうでは通用する通貨だの。なぜこんなにあるのか?」
「私の世界では、一番価値の低い硬貨でして・・・。」
「あまり持ち込んでくれるなよ!市中の貨幣があまり増加すると経済活動がめちゃめちゃになるときいておるからのう。」
大量の一円玉を持ち込むことはできなさそうだ。まあ、アルミを少しくらいならいいだろう。
「疲れただろう。今日のところは、休むがよかろう。明日は市中を案内しようかのう。」
どうやら、今日のお勤めは免除されるらしい。
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