第2章-第28話 みみっく
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感情ばかりを向けられ説得することを諦めた俺は、おもむろに自空間からレイピアを取り出す。
「ダメです。そんなことで死んでは。」
どうも、俺が追い詰められ自殺するとでも思われているようだ。もう、何も言うまい。
俺は、レイピアで宝箱を突き刺す。
「ギャオー!!!」
宝箱がモンスターに変化する。
「こいつは、ミミック!トム、下がって!」
俺は、何も言わずにレイピアを振るう。ほとんど八つ当たりだ。切り刻まれたミミックが消滅する。
「・・・あの・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・いえ・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・その・・・・・・・。」
「「「「「「ごめんなさい!」」」」」」
ようやく、解かってくれたようだ。
「いや、俺もすまん。でも不可抗力だったんだ。」
俺も答えながら涙目になっている自分を自覚する。さすがにこの人数の女性たちを敵に回したときは怖かったようだ。
「私は、信じていました。」
渚佑子、あんな視線を向けておいて、それを言うか?
「おかしいと思いました。」
アポロディーナ、お前が元凶だ。ダンジョンの資料にも、「宝箱に不用意に近づくな」って書いてあっただろうが。まあ、常時、指輪を『鑑』にしている俺しか解からないのは、仕方がないがな。
「とりあえず、私の胸を触っておけ!」
クリスティはそう言って、俺の手を自分の胸に持っていく。相変わらず硬いなこの胸は。君が一番言動が変わらない。一番信頼できるよ。
そう思いクリスティに抱きつき、泣きそうになっていた気持ちを押さえつけることに成功する。クリスティも頭を撫でてくれる。
・・・・・・・
「だからって、そんなに離れることはないでしょ。」
この女性たちばかりの大人数のなかで、少々女性恐怖症を発症した俺は、一番信頼できるクリスティにベッタリ引っ付いて他の女性たちから、離れている。
地下6階に降りた俺たちは、広い部屋を探し出して、そこで泊まることにした。超古代文明の文献にもダンジョンの中では『転移』が使えないことが記載されており、渚佑子が『転移』、俺が『移動』を使えないことを実験して確かめている。
だが、この状況を打開したい俺は、他にもいくつかここを抜け出す方法を考え付く。その1つが自宅と各国の拠点を繋いでいる空間連結を使った方法だ。
これは、空間魔術師特有の魔法で詳しい原理はわからないが『境渡り』魔法を利用しているらしい。この空間を切り裂き、他の異世界を経由して再び切り裂いた空間から行きたい場所に行くというものだ。
某猫型ロボットよろしく、自空間から扉を取り出す。
それをダンジョンの壁に貼りつけ、呪文を唱える。この世界で何度も使っているのでできないはずはない。
扉を開けるとそこは、メッツバーガー裏の倉庫だった。
「「「「「えっ。」」」」」
俺は、クリスティを伴って、扉を潜ると就寝の挨拶をする。
「お休み。明日の朝戻ってきたら再開するから。」
唖然とした表情の皆を残して、扉を閉める。
・・・・・・・
「さすがにやり過ぎなんじゃ?」
恐る恐る俺に聞いてくるクリスティ。
「何が?」
クリスティの質問の意図がわからない俺は聞き返す。
「何も扉を閉じることは、無いじゃないか。」
「何を言っているんだ?」
「ありえないと思うけど、ダンジョンの中で全滅したら、どうする気だい?」
「俺、教えていなかったか?あの扉の開け方。鍵の部分にMPを投入するだけだぞ。魔術師ならだれでも開けられるんだ。」
「そういえば、聞いたな。ポセイドロ国ではアポロディーナも渚佑子も試しに開けていたな。」
実際に各国に空間連結の扉を作った際にアポロディーナや渚佑子に試してもらっている。今回もその気があるなら、全員がこちら側に帰ってくることもできるはずだ。
「彼女たちは、あの緊張状態を保ちたいのだろう。だから、こちら側に来ないんじゃないかな。」
「ん。そうだな。そうかもしれん。だが、何で私を?」
「すまんが、一日添い寝を頼む。クリスティに抱きしめられていると安心するみたいなんだ。ダメか?」
「えっ。」
そう言って真っ赤になるクリスティ。普段、エッチなことを平然と言うわりに、少し突っ込んだネタを口にすると真っ赤になるんだよな。
凄いギャップと言うか、もしかして、男性経験が無いのだろうか。まさか、それは無いだろう。こちらに世界の適齢期ギリギリのアポロディーナとは違い、適齢期を大幅に過ぎ去っているクリスティだ。
確かに少々身長は高いが冒険者ギルドでも常に秋波の視線を平然と浴びている彼女だ。恋人の1人や2人は居るかもしれない。これは、元々の性格によるものなのだろう。
・・・・・・・
ベッドルームに向かい、ベッドに腰掛ける。冷蔵庫からとっておきに純米大吟醸を出す。めずらしく、緊張している様子の彼女をほぐすためだ。
「こ、これは、凄い飲みやすいですね。」
720ミリリットル入りで1万円を越える超高級の日本酒だ。美味しくないわけがない。普段、彼女たちが飲んでいるビールや蒸留酒の水割りからすると度数は高いかもしれないが、飲みやすさは、数段上のはずだ。
かなりの急ピッチでコップに入れた酒が減っていく。やはり、かなりイケル口のようだ。冒険者仲間と酌み交わすことが多いのだろう。俺みたいにせいぜい週に1回程度、付き合いで飲むようなタイプでは無いことは確かだ。
それでも、やがて、目がトロンとしてくるところを見るとかなり酔っ払ってきているようだ。
「それで、俺はどんな記憶を無くしたんだ。」
送られてくる秋波以外には敏感なトムなんです
秋波にはトコトン鈍感ですけどね。




