第2章-第19話 しんせいかつ
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「夢じゃ無いのね。」
目を覚ました鈴江を窓辺に立たせ、王宮や街並みを見せる。
もう薄暗くなっているが、元の世界では空想上の生き物だった竜の形をした生き物が馬車仕立てで動いているのがよく見える。
商人たちだろうか、路上に並べた商品を馬車に詰め込むと足早に立ち去っていくところが見てとれる。
「ああ君は、俺と別れたあと、ある事件に巻き込まれ、植物人間状態になり、この世界の魔法で意識が取り戻せたというわけだ。ただ、そのとき手違いで記憶が失われたらしいのだ。」
「そんなに私のことを愛していたの?」
はあ?なんでそんな質問が飛んでくるのだ?
俺がマジマジと鈴江の顔をみているとさらに会話を続けてくる。
「だって、そうでしょ。愛していなければ、ここまで手を尽してくれるはずは無いわ!」
「それは、話した通り子供のことを思ってだな!」
「それだけじゃないでしょ?」
「そうだな。若干の罪悪感はあったかもしれない。だがそれだけだ。お前との間に愛なんてものは無い。」
「嘘でしょ。貴方は、私を愛しているのよ。私が愛されないはずが無いわ。」
少々傲慢な言い分は、アイツらしくて笑ってしまう。
記憶が無くても、本質は変わってないらしい。
安心するというのも変だが、なにかしら安心してしまった。
「笑ったわ。そうなんでしょ、やっぱりね。」
どうも安心して笑みを漏らしてしまったのをさらに誤解させてしまったようだ。
もうどうでもいいか。
きっと見知らぬ世界で頼れるのは、目の前の男だけだと判断したのだろう。
そういうところが俺の周囲の女性たちから嫌われるところなんだが、処世術としては間違っていない。
元の世界に戻れば、幸子を始め、俺の奥さまたちから真実を聞かされるだろうし、この世界でも渚佑子から、なんらかの情報が得られれば、そういう風には思わないだろう。
それまで放っておこう。
面倒臭いしな。
「ところでお前の父親って、ヤオへーの豪徳寺権三なのか?」
「私と結婚したのに、どうして知らないのよ。」
やはり、こいつは、ヤオへーの創業者だった豪徳寺氏の娘らしい。
「なぜって、天涯孤独の身の上だって聞いていたし、ろくに貯金も無かったんだ。そんな人間だとは思わないじゃないか。」
特に調べようとも思わなかったのは、あの当時、鈴江に惚れていたのが原因だろう。
過去に頓着しないと言えば格好良いが、たぶん、鈴江の過去を知るのが怖かったのかもしれない。
これだけの美女が過去に何もなく、こんな小金持ち程度で何のとりえも無い俺の所に嫁にくるなんて思ってもいなかった。
ただ子供も生まれ何年も共に過ごしてきたことと仕事が忙しかったことで当初のそういう思いも忘れ去っていったのだ、あの事件が明らかになるまでは・・・。
「そうするとやはり、あの男に私は捨てられたのね。まあ、すべてを失った私をあの男が嫁にするはずもないのよね。」
この場合、あの男とは、前橋晃一、富国銀行の副頭取だった男のことだろう。
斜陽だったとはいえ、流通業界の雄といわれた男の娘と銀行の次期トップか。
私とは、比べ物にもならない雲の上の世界の話だ。
もし、結婚当初からこの話を知っていたならば、安穏と生活できていたとは思えない。
あれだけの期間知らずに居られただけでも幸せだったのかもしれないな。
「それで別れた原因は何?貴方の浮気?そうでしょう。貴方ってモテそうだもの。」
「社長を悪く言う権利は貴女には無い。」
それまで静かに聞いていた渚佑子が怒りに駆られ、鈴江に手をあげようとするところを押し留める。
「えっ。違うの?私が浮気したの?そんなバカな・・・。」
「その話題は、止めよう。今の俺たちには関係の無いことだ。ただ、君にはアキエという子供が居るということだけは、覚えていてくれ。できれば、アキエには優しくしてくれると助かる。」
俺は、改めて頭を下げる。
「アキエちゃんを貴方は愛しているのね。うん、わかったわ。貴方と私の子供だもの。もちろん、優しくするわ。」
渚佑子が何かを言いたそうにしている、きっと幸子から聞いているのだな。
まったく、幸子のお喋りにも困ったものだ。
帰ったら説教だな。
渚佑子に、俺は訴えるように目を向けると頷いてくれた。
いずれ本当のことを知ることになるだろうが、別に今でなくてもいいはずだ。
アキエと一緒に暮らすことになるならば、知らせないほうがいいかも知れない。
そのときは、王宮内で緘口令を敷くことになる。
せめてアキエが異世界で成人するまでは、本当のことを知らせる必要は無いに違いない。
結局、1人寝が怖いと言い出した鈴江が俺の部屋に来ると言い出し、それはさせないという渚佑子の3人が同じ部屋で寝ることになった。
いろいろと不安だらけだが、新居の生活がそうして始まったのだった。




