番外編 『鑑』
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今日は、経営者の集いという名のコネをつくるためのイベントに出席している。といっても、たかだかFC4店舗の経営者程度では、ほとんど相手にされない。それでも俺は指輪を『鑑』にして人波を泳いでいる。
人はだれもが有名になりたがるようで、XXさん尊敬しています。とか、本を読みましたとか言われるのが好きなようだ。俺は指輪で名前を確認し、スマホのアマズンサイトで著作を目次を頭にいれ、アタックする。
そうすると本当の読者と誤解され、名刺交換してくれたりする。まあ、成功するのは10人に2人か3人くらいだが・・・。
経済人に話しを伺うだけでも勉強になることは、たくさんある。さすがに一代で大企業を育て上げた経営者には、取り巻きがたくさんいてうまく近づけない。
それらの経営者は老齢であることが多いが、こういう催しには結構でてくるようだ。あれは、フィールド製薬の会長ではないか。・・・なにか調子が悪いようだ。何か持病かなにかだろうか。
この人物は、自身も薬の研究者であり数々の特効薬を開発してきた伝説を持つ偉大な人なのだが、もう70歳を越えたころからめっきり表舞台には出てこなくなった。そうか、こういう人物でも年齢と病気には勝てないということか・・・。
「大丈夫ですか?」
会長がよろけそうになっていたので横から支える。
「おお、すまんのお。」
俺はそのまま支え、会場の周囲にある席まで連れて行く。会長は少し胸を押さえ苦しそうだ。俺はそのまま背中を擦る。そうだ!指輪を『癒』にしよう。病気には効かないかもしれないが物は試しだ。治れ~治れ~と背中を擦ると、少しは顔色が良くなってきたようだ。
「おお、楽になってきたわい。人の優しさが身にしみるわ。ありがとう。わしは、フィールド製薬の田畑じゃ。お主の名前を聞いてもよいか。」
「はい、山田と申します。FCですが100円ショップと貴金属買取ショップを経営しております。フィールド製薬の田畑会長ですね。お噂は常々耳にしております。私の知り合いでも○○薬のお陰で命が助かったものもおります。」
俺は、名刺を渡しながらそう話した。
「なんもなんも、わしは指揮しただけじゃ、うちの研究者が働いてくれたおかげじゃ。なのにうちの息子ときたら、食いつぶすばかりでなにもしやしねえ。お主のように起業でもしてくれれば、応援してやるのに子会社の取締役でふんぞり返っているばかりだ。」
まあ、あれだけの大企業を指揮するよりは、恩恵だけ受けたいというのは人情かもしれない。しかし、それだけチャンスが転がっているのも確かだ。どちらにしても羨ましい話だ。
「すまん、お主に愚痴を言っても仕方がないんだが・・・。」
「いえいえ、みたところ心労が胃に来たのですね。たまには愚痴を言うのも大切ですよ。俺でしたら幾らでもお話し相手になりますよ。」
「わかるか?これは内緒だが、あいつは、これまでに3度も会社の金を使い込んで、子会社を転々としておるのじゃ。まあ、わしのほうで補填をしているがのお。それを聞く度、ここがキュゥっと痛くなるのじゃよ。」
「釈迦に経とは存じますが、一度医者に見てもらったほうがよろしいかと・・・。」
『癒』で治るということは、胃潰瘍かなにかかもしれないな。
「そうだな。医者の不養生じゃあるまいし、一度見てもらいにいくか。ありがとう、気も楽になったが、なぜか先程まで痛かった胃の痛みが緩和されたみたいだ。」
・・・・・・・
その場で30分ほど会長の経験してきた修羅場をいろいろ聞けた。充実した時間だった。
「おい、おまえ。うちの会長に何をしている!」
後ろを振り向くと、俺と年齢は同じくらいで恰幅のいい男性が、偉そうに立っていた。
《バカヤロー!!ヨウジ!!》
会長が大声を出して叱る。
「なんて物言いをしやがる。こちらの方に倒れそうなところをここまで運んで下さったのだぞ。謝れ!!」
「まあまあ、田畑会長もそのへんで俺は気にしてませんから。余りお怒りになられますと身体にさわりますよ。」
ヨウジなる人物がきっと会長の息子だろう。確か、田畑洋治だったかな、フィールド製薬のことを書いた本に載っていたように記憶している。
「親父、どこか悪いのか。」
ヨウジなる人物は、俺のほうに、会長から見えないようにフンっと鼻を鳴らした。これ以上絡まれたら、嫌なので逃げることにしよう。
「では、俺はこのへんで失礼します。」
「ほんとうに、ありがとうな。またどこかで会ったら、話を聞いてくれ。」
「はい、会長もあまり無理をなさらずに・・・。」
・・・・・・・
その後、ネットショッピングで有名なテンテンの美木会長のスピーチがあった。うーん、これまで動画でしか見たことがなかったが、実物は中々引き込まれるものがあるな。これがカリスマというものか。
この人物は、ワンマン経営で有名だ。本業のネットショッピングは赤字を出しているにもかかわらず、このカリスマ性で自社株の大量発行をしている。最近は赤字も縮小してきたらしいが、株を金のなる木のように使い優良企業を買収し続けている。
・・・おかしいな。指輪は『鑑』の状態なのだが、さっきのフィールド製薬の会長より、体調が悪いとでている。別にふらふらしているわけではないのだが・・・。何か病気なのかもしれないな。これは一大事だ。この経営者になにかあれば、一気にテンテンの株価は暴落する。
実際に彼が、盲腸に罹って入院したときは、2日連続ストップ安だったそうだ。すぐに盲腸だと発表され、直ぐに戻したらしいが。
なぜか、彼のスピーチが持ち時間の半分ほどで終わり。司会者より、休憩を挟むとアナウンスがあった。
ん、このビルの前に救急車が止まっている。まさか・・・。慌てて、フィールド製薬の会長を探す。
田畑会長を後方で見つけ、胸を撫で下ろす。
ふー。大丈夫そうだ。
そういうことは、美木会長なのか?
指輪でみたかぎり、彼ら二人以外に、体調が悪そうな人は居なかったのである。
もちろん、スタッフも含めてだ。外部の人間かもしれないが、賭けにでるか。俺は、スマホで既に契約済で5億円の保証金を入れてある証券会社にネットで繋ぎ、限度目一杯まで信用売りをした。今は金曜日の午後3時前でどうなるかと思ったが、ぎりぎり売買は成立したようだ。
・・・・・・・
翌土曜日、ネット業界に震撼が走った。テンテンの美木会長が、心筋梗塞で入院したというのだ。更に翌日曜日の情報では半身に麻痺が残り、復帰不可能とまで情報が流れたらしい。俺はそれを異世界から戻ってきて目にした。
月曜日に株の売買が始まると連日ストップ安で株価4900円あったものが1週間で1000円まで落ち込んだ。結局、1000円で買い戻し、12億円近くの利益となった。
・・・・・・・
「その能力で多くの人を救いたいと思わんのか?」
その後、田畑会長から連絡があったときはなんだろう?と思ったが、指輪の能力をこの人に見せたのは不味かったようだ。
会長が病院で検査してもらうと胃潰瘍の病変は確かにあったが既に直りかけで、直前にそんな症状が出ていたなんてありえないと聞かされたそうだ。
そこから俺の撫でる手を結びつけるとは恐れ入る。確かに治したのは事実だから、うまくごまかせなかった。
何度も執拗に会社の研究所へ来るように要求されるのだ。
そこで、勝手に設定を作ることで、なんとかごまかしているのだがどこまで信じているのかはわからない。
会長の言う奇跡の手は、心の底からそう思わないとできないこと。成功確率は低いこと。成功すると倦怠感が出て暫く寝込むこと。病気に対してはほとんど効かないこと。
会長も、それを聞いて此方の生命力を使って行っている危険な行為と思ったようで、逆にやってはいけないと念をおされたのでなんとか、ごまかしきれただろう。
『癒』は胃潰瘍には効果があります。逆に胃がんには・・・・。