第1章-第3話 めんせつ
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「大丈夫か?そんなに緊張することは無いぞ。幸子からは太鼓判を貰っているし、ほとんど社員登用が確定しているようなものだからな。」
俺が自社ビルの会議室に入ると緊張して僅かに顔が強張っている渚佑子さんが座っていた。
「はい。よろしくお願いします。」
「まず最初に聞いておく。社員になりたいか?」
まずは、面接でいつも聞いていることを投げかける。当たり前のことだが大事なことだ。
「はい。もちろんです。」
「実はな。俺の会社のバイトっていろんな職種をマスターしていくと結構良い時給だろ。親御さんと一緒に住んでいる子などは、責任が増える割にさほど給与が上がらない社員は嫌だということもあるんだ。」
俺としては、社員になってもらって結婚し、多くの子供を作り、幸せな家庭を作ってほしいと思うのだが、まだまだそういう時代にならないらしい。
子供たちが自分の世代を支えてくれる。その人数が多ければ多いほど1人の負担が減るのだが、今のままでは1人で何人もの親の世代を支えなくてはならなくなる。当然その分税金が上がり、年金が減るのだ。
こんな簡単な理論が解からないのだろうか。まあ、解からない振りをしているだけなのだろうが・・・。社員になりたくないという従業員を見る度にそう思ってしまうのだ。
「へえ、そうなんですね。私は社員になりたいです。」
彼女は違うらしい。
「よかった。そう言ってもらえて。」
「でも、何で私なんです?宇宙産業から油田まで持つ、この会社の社員になりたいという優秀な人間は沢山いるでしょう?」
「君は優秀だよ。東大の就活生が来ても君を採用するよ。なんせ貴金属買い取り部門では、大きな声では言えないが幸子さえ優に超えた成績を残している。」
「それは、優秀な先生に恵まれただけです。」
「幸子か?」
「社長もです。」
「俺って、そんなに教えたっけ?」
「どうすればいいか解からない客が来たとき、教えてくれたのが印象に残っています。」
「あれ一度っきりじゃないか。」
「あのときの指針がその後の行動に繋がっているんです。解からなければ聞く。どうしようも無ければ諦める。お客さまには何度でも説明する。」
「そんなことを言ったよな。それを守り続けているというわけか。君は本当に優秀なんだな。一度言っただけなのにそれをさらに応用してさらに発展する。だが、もっと聞いてもいいんだよ。その方針も変わったりする可能性もあるからな。」
何度も何度も教え込まなくてはいけなかったツトムとは大違いだ。
「はい。わかりました。」
「まあ、今のところは変わっていないから大丈夫だ。だが、自分の判断に少しでも不安があったら聞いてくれ。」
「はい。」
俺は立ち上がり、世間話をするかのように彼女の背にある窓に向かう。さあ、これからが本番だ。まずは、俺の告解を聞いて貰わなければならない。俺が異世界人であることや召喚魔法を使えることを喋るだけで俺の近くに居るのも嫌になるかもしれない。
だが俺のしなければならないことは、嫌われることを覚悟することじゃない。話すことで彼女を傷つけてしまう覚悟だ。
今まで殆ど騙して、幸子の知り合いであることをいいことに半ば無理矢理この会社に縛りつけ、しかも、社員になったあとは、彼女の能力を使って欲しいとさえ思っているのだ。
俺は、指輪を『装』から『鑑』にして、真実を話そうとした。そのときだった。急に辺りが急に真っ白になり、俺が空間魔術師として『界渡り』で異世界に行くときに感じるあの感覚が突然襲ってきた。
俺は、咄嗟に指輪のお陰で何処にいるか解かる彼女の腕を掴むとやがて、何かの力で飛ばされるような感覚を捕らえていた。
そのまま、引っ張られるのかと思ったが途中で何かに捕まれ、コースターで空中を一回転したような気持ちの悪さが襲ってきた。
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辺りは乳白色の霧の中にいるような状態だった。先ほどの真っ白な視界ほどでは無く、そこそこ視界は確保されているようだ。
「また、貴女でしたか。渚佑子。これで3回目ですよ。」
何も無い空間にいきなり、女性が現れた。かなり美形だが彼女は、渚佑子さんに向かって呆れたような雰囲気を漂わせてそんな風に言った。
「社長、痛いです。腕を離してください。」
俺は、パニックに陥っていたようで力を入れすぎていたようだ。俺は強張った指を1つずつ外していく。そうしないと自分の意思通り動かないのだ。
「すまん。大丈夫か?」
「すみません。社長。」
「どうしたんだ。いったい。」
「どうやら、社長をし・・神隠しに巻き込んでしまったようです。」
彼女は召喚と言おうとして神隠しと言いなおした。
別に言い直さなくても、召喚されたのは、解かっているのだが、ここがその目的地とは、俺の空間魔術師としての感覚が違うと言っているようで、半ばパニックになってしまっているのだ。
「それで、ここはいったい?その女性は誰なんだ?」
だが落ち着くに従って状況判断ができてきた。
禁書で読んだ勇者の召喚の項の記述内容に酷似していたからだ。
禁書の中で現れるのは非常に美形でなぜか大阪弁を操る女神だったのだが、召喚地点は千葉だから、標準語を使っているのかもしれない。




