第5章-第63話 ひとじち
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「トム、あのね。驚かないで聞いて頂戴。」
俺が日本に帰って来るのを待ち構えていたのだろう。幸子が何時に無く真剣な表情で報告してくれたのだ。
それによると元妻が例の宗教の過激派組織に人質として捕らえられ、日本国に身代金が要求されたというのだ。
元妻は、この組織が奪った油田採掘施設を持っていたオーナーの愛人に納まっていたようで、強奪された当日、視察に訪れていたオーナー共々捕らえられたらしい。
テレビのニュースでは、どの局も大々的に取り上げられており、元妻の過去の愛人である富強銀行の元頭取に対して執拗な報道がなされているようだった。
あれがもうすこししたら、俺のところへも来ると思うと頭が痛かった。
そこへイギリス首相からホットラインが入る。MI6の映像解析の結果、元妻の映像は、本物であり、おそらく、油田採掘施設を強奪した直後に撮られた映像であることがわかった。
これまでの経緯からすると映像が公開されてから1週間か2週間後には、殺される可能性が高く絶望的だという。
「あいつも意外なところで役に立ってくれるじゃないか。」
今回、空間魔術師になったことで100KM四方に居る知っている人間のおよその位置がわかるのだ。
元妻の居る場所がわかるということは、一緒に捕らえられているであろう。他の人質たちの位置も解かるというものだ。
「本気で言っているのトム?」
「もちろんだ。まさか、俺が取り乱すとでも?」
自分でもいつもの俺らしくない冷たい言い方だと思いつつもそうなってしまうのは、止められなかったのだ。
「そうよ。トムらしくない!」
「そうか?なら俺も取り乱しているのさ。ちょうど、作戦の変更をどうやって仲間たちに伝えようか悩んでいたところだったんだ。元妻が人質として居るのなら、元々、調査済だった人質の隠し場所候補5箇所の優先順位を変更するだけで済む。」
この組織は逃走ルートとして隣国へのトンネルがあると以前から囁かれており、俺が前回行って潰したシェルターは、衛星からの熱源センサーで判明していたが、トンネルは熱源量が少ないせいか想像の域を超えていなかったのだが、シェルターに居た幹部の証言などから、およその規模を方向が割れている。
そのトンネルにあるいくつかのふきだまりのどこかに、人質が隠されているであろうと言うことだった。
「また・・・。」
「すまん。うまく感情をコントロールできないみたいだ。あいつも運だけは、強いな。まるで俺がこれから人質救出の任に当たるのが解かっていたようなタイミングだな。」
本当なら日本のような、国家元首が強権を持たない国の場合、何も決められず何も手を打てず、殺されてしまうのが関の山だったはずだ。
「そうですよ。沈む船から逃げるのは、速いですからね。きっと今もうまくやってるわね。トム。」
「ん・・・。ああ。今日は、幸子だったな。こいよ!」
幸子は、さつき、アヤと顔を見合すとさつき、アヤと共に近づいてくる。
「今日は、3人がかりよ。ぐっすり、お眠りなさい。」
それって、寝かさないの間違いじゃ・・・。
そうか。ソレに体力を使い果たした時点で解放してくれるつもりなのだ。なら、ぐっすり眠れるにちがいない。
・・・・・・・
「心配するな。きっと大丈夫さ。」
「別にあんな人心配していないわよ。心配なのは、トム。貴方のことなんだからね。」
翌朝、スッキリと目覚め、そう言う幸子とさつきを置いて、アヤと共にSASと合流するために過激派組織の隣国にあるアメリカ軍基地に『移動』した。
SASと合流し、作戦の最終調整を行っている最中にその情報が飛び込んできた。
パレスチナ自治区付近のオアシスが過激派組織の襲撃を受けているというのだ。パレスチナ自治区付近のオアシスは、過去の軋轢から他国からの軍を駐留させるわけにいかないのでパレスチナ自治政府に直接働きかけ、部隊を配備してもらっていた。
そのパレスチナ自治政府と過激派組織が戦闘になっている。その模様は、その難民を取材していたアメリカ人記者とアラブのテレビ局が実況生中継されているのだ。
これで、秘かに過激派組織に援助を行っていたアラブ富裕層も手を引くだろう。そうすれば、最後の資金源がなくなり、決して掛けで武器を売らない東洋諸国の武器商人から武器購入ができるのも僅かな期間だけになるだろう。
実はこのオアシス構築で過激派組織からの民間人の引き上げができ、更に資金源をも無くす二段構えの作戦だったのである。この時点でこの戦闘がどうなろうともその両方とも成功が確定したのだ。




