第3章-第35話 とうしゅ
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とうとう、この日がやって来てしまった。田安家で蓉芙財閥の次期当主を決める会が行われる日だ。
「あれっ、社長どうしてここへ?しかも、幸子さんまで。」
田安家の屋敷に到着すると、既に洋一さんとその支援者とおぼしき人たちが座っていた。
「うん、呼ばれた。もしかすると、アキエの件でなにかあるのかもしれない。幸子については、連れて来いというだけでなにも聞いてない。どうだ、首尾は?」
「まあ、例の件でこちらに着いた人間も多いようだ。こちらが後発だったわりには、かなりいい線言っていると思う。」
「では、決定的になにかが動いたわけでは、ないのか。俺は、つくづく思ったよ。こういう工作には、向いてない。自分の能力が生かしきれていないとね。」
「うん。向いていないね。まあ、それが社長だよ。堅実に経営しつつ、従業員もお客さまも喜ばせる。それでいいんじゃないかな。」
「すまんな。全く役立たずで。」
「おいおい、卑下するなよ。俺の師匠なんだから。」
「まあ、ここまでくれば、なるようにしかならないね。」
「そうそう、すぱっと開き直って、次のことを考える。それが、師匠のいいところさ。」
「その師匠は、やめてくれ!トムと呼んでくれよ。社長もダメだ。もう、お前の社長でなくなったんだからな。」
「ええっ、・・・ああ、わかったよ。・・・・トム。」
「なんだい。洋一。・・・って、なんで赤くなってんの?」
わざと顔を近づけて囁くと洋一さんは真っ赤になった。どうやら、洋一って呼ばれるのが恥かしいらしい。
「なんでも無い。」
「なんでも無いって、洋一。」
さらに追撃してみるともっと真っ赤になる。って、今は面白がっている場合じゃないか。
「なんでも無いったら、なんでも無い。」
「ふーん、なんでも無いんだ。」
・・・・・・・
それから、30分もしないうちに、副頭取側の人々もやって来て、座った。
そこに、現当主がやって来て、話をし出す。この当主は、もう2期目で今回の当主争いには参加していない。
その現当主の話によると芙蓉財閥の力関係でも真っ二つ、長老会の意見でも真っ二つに割れているらしい。そこで、田安家の六代目から話があるそうだ。
「山田取無殿、今回の件では、ご迷惑をお掛けしたようで申し訳ありません。子供も育てられない人間に当主に成る資格は、無いという古いしきたりのため、このようなことになったこと。全く田安家の人間として、お詫びするしかありません。申し訳ありませんでした。」
田安禅二郎である彼女が深々と頭を下げてくれる。
「では、その条件は、無しにして頂けるので?」
「ええ、もちろんです。アキエ様は、貴方のお子様です。失礼ですが経緯は全て調べさせてもらいました。どう考えてもこちら側に瑕疵があり、貴方様には、なんら落ち度はなく。今回の件は、私どもの不徳のいたすところです。もちろん、晃一氏にも約束させました。」
まあ、子供が居ることが条件じゃなくなったことなら、カノングループの顔色を伺わなくて済むぶん楽になるということなのだろう。
「はい、約束いたします。申し訳ありませんでした。」
そこには、TVで何度も放映された。副頭取が土下座する姿があった。
「そこで、次期当主の件なんですけど・・・。」
「では、俺は、ここで失礼して。」
洋一さんのことは、心配だが部外者である俺がこの席に居るのは、失礼だろう。と思い引き上げるつもりで、腰をあげようとした。
「こちらに居る、山田取無殿にお願いしようと思います。」
「バカな!蓉芙財閥と関係の無い人間を当主にしようと言うのか?」
目の前で、たった今、土下座をした副頭取が、怒りに震えている。
しかし、俺?なにがなんだかさっぱり、わからない。
「だまらっしゃい!!」
異議を挟んだ副頭取を六代目が厳しく叱咤する。
「賛成!」
賛成の声を上げたのは、隣にいる洋一さんかと思ったが、まだ驚きに固まっており、そんな余裕はなさそうだ。
「わしは、賛成だ!」
1人の人物が立ち上がる。そこに居たのは、カノングループの会長だった。
「俺も賛同します。」
そう言って、洋一さんも続く。
「元当主の方々のご意見は?」
「私たちは、お館さまの意見に従うのみ。」
「では、決まりですね。」
ほぼ、有力者の全員が賛同したのだ。俺もこれで事が収まるのなら、受けるしかないだろう。断って、万が一、副頭取が当主になったりしたら、こんどこそ、俺を全力で潰そうとしてくるに違いないからだ。
「引き受けてもらえますか?」
優しいことば使いだったが、その威圧感は、すさまじいものがあった。
「そうですね。なぜかとお聞きしてもよろしいでしょうか?」
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次話でなぜトムが選ばれたのかが明かされます。




