第3章-第22話 せんにゅう
お読み頂きましてありがとうございます。
はぁー、今日も間に合った。明日の分もがんばりますね。
俺の考えていた平凡な案とは、潜入することだ。指輪の『偽』を使えば、他人に成りすますこともでるし、『移動』を使えば、富強銀行の内部に入り込むことも簡単だ。携帯型盗撮装置や無線などのスパイグッズも用意してある。
あとは、あの美人秘書が着ていたブランド服を用意すればOKだ。秘かに撮った彼女の服の部分をネットに流すとすぐさま、回答があった。かなり有名なブランドのようである。
念のため、指輪で元妻に化け、そのブランド店に向かい、洋服を一式購入した。試着したときの褒め称える店員に複雑な感情を持ったがなるべく元妻の行動パターンをなぞりにこやかに対応した。
そして、近くの百貨店のシックな雰囲気の障害者用トイレで着替え、車に戻ってきた。
「そ、その姿で動くのか?」
俺が元妻の姿で居ることがわかると驚いたようだ。
「ああ、万が一、洋一さんと会っている姿が見られていても、裏切ったと思われるだけだろうからな。それで仲間割れでもしてくれれば、万々歳だ。」
「全く、社長も敵には容赦ないというか・・・。なあ、さつき?」
洋一さんが後部座席に乗っているさつきに話しかける。
「ええ、そういうところは、陛下そっくりですね。」
「そうか。そうでも無いと思うけど・・・。」
「そうです!特に身内が理不尽な目に遭っているときは、酷く冷酷になれますよね。」
それは自覚がある。但し、セイヤほどでは、無いつもりだったのだが、さつきに言わせると大差無いらしい。
・・・・・・・
再び、富強銀行本店前の向かい側の道路に車を止める。あの秘書が出てくるのを待つつもりだ。定時過ぎ彼女が出てくるとさつきにお願いし、後をつけてもらい。駅から電車に乗るところまで確認してもらった。
その間に、コンビニでおにぎりとお茶を買い込む。もちろん、俺達は簡単な夕食を済ましているのであり、このおにぎりとお茶は小道具だ。しかも、おにぎりには、睡眠薬を仕込んである。
さつきが戻ってきたら、作戦開始だ。万が一、洋一さんが見つかった場合の護衛が必要だからだ。
基本的な作戦は、こうだ。俺と洋一さんは無線で連絡を取り合う。スマートフォンを使わないのは記録が残るからだ。洋一さんには、適宜、『探索』を使用してもらい。俺の周囲の人がどういうふうに存在しているかを教えてもらう。指輪は『偽』で姿は、あの美人秘書だ。
まずは、女子トイレに『移動』だ。もちろん、洋一さんに探索をしてもらい女子トイレに誰もいないことは、確認済みである。
『探索』と『移動』を繰り返し、できるだけ他人に遭わないルートで副頭取の元へ移動する。どうやら、会議室で会議中のようだ。
まずは、会議の内容を録音するためにドア付近に盗聴器を取り付け、人気の無いところまで移動し、指輪を『耳』に変更し、会議室の会話を聞き取る。
会議は、白熱していた。
というよりは、副頭取の罵声ばかりが聞こえる。
内容は、酷い損失を出したみたいだ。
刻一刻と百億円単位で損失が出ているみたいだ。
俺は、指輪を『偽』に戻し、思い切って会議室の扉をノックし、入り込んだ。
「なんだ。帰ってなかったのか?」
俺は、そのまま入り込み、後ろ手に携帯電話風盗撮装置を人目に付かないところに設置し、袋からおにぎりとお茶を取り出してテーブルの上に置いた。
「流石に俺の秘書だ。よく気づいたな。」
副頭取は、さも自分の手柄のように言う。よほど、お腹が空いていたのか。皆がおにぎりに群がっている。
「失礼致しました。」
副頭取もおにぎりを食べだしたことを確認し、さっさと会議室を出た。
盗撮装置は、携帯電話の外部メモリに保存されるタイプだが、同時に携帯電話の電波に乗って自社ビルにあるネットワークストレージサーバーに保存される。
たとえ、装置が見つかって没収されたとしてもそれほど問題はない。
その後の会議室の様子も気になったが、他にも寄りたいところがある。副頭取室だ。貸し剥がしの銀行側資料があれば、攻撃の材料になるのだ。
洋一さんの指示の元、副頭取室に向かう。鍵が掛かっていたので、洋一さんに室内に誰もいないことを確認してもらい。『移動』をつかう。念のため、秘書から元妻に変更済みである。潜入がバレときに、なにもかも彼女のせいになっては、可哀想かと思ったのだ。
今、会議をしている件が大ごとなのは、散乱している部屋の様子でわかる。その散乱している書類や決裁用トレーにある書類を1枚1枚、カメラで撮っていく。中身を確認している暇はない。
およそ1時間余りをかけて撮影したあと、パソコンについているUSBハードディスクを買って来た新品と交換する。
暗号化されていれば、接続できないが、最悪、Ziphone社のスパコンを使い暗号を解読すればいい。128ビットの暗号化なら数時間で解読可能だ。
新品に交換したのは、単にバックアップ装置として動作していた場合ならば、次パソコンが起動したときにそのままバックアップ装置として動作するため発覚しにくいのだ。
そのとき、洋一さんから警告が入る。この部屋にだれかが近づいてきたみたいなのだ。俺は、部屋の電気を消し、扉が開けられるタイミングを待ってから、『移動』で扉の外に出た。
「なんだ君か。」
自分の後方に物音が聞こえたから振り返ったのだろう。目の前に居るのは、写真でみた、この銀行の頭取が居る。
「うん、どうした。晃一に用か?」
「はい、例の件、どうなっているかと思いまして。」
「ああ、順調にいっているようだよ。君ももう直ぐ子供に会えるさ。」
「ありがとうございます。」
「それから、今度、息子に内緒で旅行に行かないか。」
どうも元妻は、副頭取だけでなく、頭取にも色目を使っているようだ。
俺は、ゆっくり微笑んでこう言った。
「はい、よろこんで!」
「そうか、そうか。予定が決り次第連絡するからな。」
頭取がゆっくり近づいてきて、キスをしようとしてくる。
「ここでは。」
俺は、スッと離れる。これは、元妻の得意ワザだ。自分がされたくない場合は、距離を取るのがうまいのだ。男のほうも心理的にそれ以上追いにくくなるのだ。俺もさんざんやられた。
ここ数年、セックスレスだったのも、それが原因だ。あらかさまな拒否で無いぶん、嫌いになれないのだ。
「そうだな。」
俺は、そのまま歩いて離れて行き、死角に入り次第、会議室の前に『移動』する。
会議室の中は、静かになっていたので、会議室に入ると皆、寝てしまっていた。
会議室に置いた盗撮装置も盗聴器もそのままだ。それを回収し、ふと思いつき、副頭取の身体ごと副頭取室に誰も居なくなっていることを確認し『移動』する。
副頭取の身体をソファに寝かせる。こうしておけば、記憶が混乱するに違いないからだ。
会議室の行員たちは、皆、副頭取に怯えていたから、目の前に副頭取が居なければ、寝てしまったことを自己申告するような輩は、居ないだろう。
すべての後始末が終った後、車に『移動』した。車で移動しながら、指輪を『鑑』に戻した。
日々の応援を糧に頑張っております。
今後ともよろしくお願い申し上げますね。




