第3章-第21話 へんきょうはく
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王宮に辿りつき、夕食をご馳走になっているとセイヤからとんでもない話を聞かされた。俺に辺境伯の就任を依頼してきたのだ。
辺境伯と言うが、伯爵ではなく侯爵のことだ。現在この国では、僅かな領地しか持たない法衣侯爵は居るが、国の境に位置する場所を領地に持つ、侯爵は居ないらしい。
試算では、以前国境付近に作った道は、この国のGDPを5%ほど押し上げる効果があるそうで、それを手柄に強引に押し込んだという。
結局、内戦が終わり、年金のみで実質権力の無い公爵への就任は、貴族たちの反対により幻に消えたが、伯爵の推挙権のある侯爵就任と相成ったのである。
領地は、北部の王室直轄地からミト村、ギョウザ村、サル村周辺になるのだという。
そのかわり、ギョウザ村周辺に商業都市を作り上げなければ行けないらしい。つまり、作った道の周辺の土地がすべて、俺の領地となったらしい。
まあ、セイヤからすれば、今後、少ない予算の中で何十年も掛けて、都市を作り上げるよりは、俺を辺境伯において開発させ、税金を吸い上げるほうが効率がいいのだろう。
しかし、公爵就任を阻止したあの貴族たちをよく説得できたもんだと思ったが、商業都市に貴族お抱えの商人を優先的に場所を確保する方針だそうで、それで殆どの反対派を封じ込めたらしい。
金にならない感情よりも実に成る利益を取ったというわけらしい。逆に掌を返して、自分の領地近くの直轄地にも道を作って欲しいという要望もでているようだ。
俺も直轄地の管理だけならば、道を作るくらいであとは、住民たちに任せようと思っていたのだが、これが自分の領地となるなら、話は別だ。
この領地は、辺境にあるせいか未開拓の土地が沢山あるし、元々の住人たちも子沢山の農民が多く、小さな農地に大家族で暮らしている状態らしい。土地も人手も余っているのなら、これを使わない手は、無い。
将来的には、この世界にビニールハウス栽培を持ち込んでより、付加価値の高い農産物を作る試みを行うつもりだ。収穫期の終った冬に野菜や果物を供給するだけで莫大な利益が見込めるのだ。これを利用しない手はないだろう。
「お願いできるか?」
「はい、もちろんです。」
「伯爵に推挙する貴族は居るか?」
「そうですね。ユリアウス男爵本人とマルタ伯爵家からご子息を出して頂こうと思っています。」
「姻族か。それが妥当だろうな。次の召喚時に就爵の儀式を行うのでそのつもりで居てくれ。」
「わかりました。」
・・・・・・・
ニホンに送還された翌日、俺は、指輪で舟本さんに化け、富強銀行本店の副頭取室で今回の騒動の張本人である前橋晃一と会っていた。なかなかの美人秘書が同席するらしい。まずは、挨拶と握手をする。
前橋晃一は、確かに鼠と言われるような容姿をしていた。おそらく、俺と大差ない身長に、よほど子供のころに指をチュチュしたのだろう。前歯の2本が完全に唇からはみ出している。
メガネもかけており、これで首にカメラをぶら下げたら、昔のアメリカ映画の日本人だ。まあ、実際には中国人が演じていたりするのだが・・・。
洋治もそうだったが、元妻の徹底振りには、感心するばかりだ。あいつの目には、男は札束にしか見えていないのだろう。
「どういうつもりだ?」
「いや、5年後、10年後に当主になるための布石だ。」
「そうなのか?」
「もちろん、お前が相応しくないということであれば、遠慮しないがね。今回は自信あるんだろ。まあ、カノングループにおんぶにだっこだろうけど・・・。」
「よせよ。挑発するのは、そうかお前が裏で動いていたのだな。まずは、俺の子供を返せよ。」
「それは、正式に親権を取り返してから言うんだな。子供は道具じゃ無いんだ。本人の意思を無視して進めようとするな。」
洋一さんが、俺の気持ちを代弁してくれる。
「はっ、子供がなんだって?あんなのは付属物だ。どうだっていいだろう。」
元妻もそうだが、こいつもこういう考えなんだ。これは何が何でもアキエを渡すわけにはいかないようだ。
「まあ、俺も居場所は知らないのでな。山田社長に言うなり、カノンの会長に泣きつくなりすればいいだろう。」
「そんなことできるか!まあ、調査部のやつらに調べさせているから、その内、自力で取り返して見せる。」
意外なところで激怒するやつだ。もしかするともしかするかもしれんな。ここは要調査だな。
「『貸し剥がし』もやめろ。無関係の人間を巻き込むんじゃない。」
「無関係では無い。向こうに関係する人間はすべて敵だ。いつまでも甘っちょろいことだ。そんなことで経営者なんかやっていけるのかよ。」
そうか、ここまで最低なやつなんだ。遠慮は必要無いらしい。
「俺は、俺に関係する人間が幸せになれるように経営を行う。従業員然り取引先然りだ。」
「変わったな。随分と悪いほうへ変わったもんだ。それはあの社長の影響か?」
「そうだ。我が人生の師だからな。」
ここまで言うか?恥ずかしいな。大したことは、していないんだがな。
「まあ、アキエが日本から出ていないことは、解かっているんだ。首を洗って待っているがいいさ。」
まあ、確かに外国には行っていないがね。それにしても外務省にでも伝手があるのだろうか。油断できる相手では、無さそうだ。アキエには、悪いがこの機会に徹底的に潰しておく必要がありそうだ。
その時だった。突然、副頭取室の扉が開き、焦った顔の行員が入ってきたのだ。
「副頭取!突然、中国の住宅債権市場が・・・、あっ、お客さまでしたか、失礼致しました。」
「どうやら、仕事らしい。これで失礼するよ。」
・・・・・・・
「なにか問題が発生したらしいな。」
銀行の駐車場に置いた車に戻り、自社ビルに戻る途中で指輪を『偽』から『鑑』にして元の姿に戻ると洋一さんが話しかけてきた。
「ああ、早速、今日潜入してみるか?」
これまで、出来るだけ犯罪には、手を出したくなかった主人公ですが・・・。




