第1章-第9話 ようふく
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「ファーストクラスの旅は、どうだったのじゃ?」
ロサンゼルスの空港に降り立ち、チェックアウトの列に並んでいるときにCEOに尋ねられた。
「ええ、快適な旅でした。特に機内食は、気に入りました。な、さつき。」
「そうね。」
「そうか?わしは、毎度のことながら、つらくてかなわん。時間があったら、ハワイで一泊したいくらいじゃ。」
俺は、さつきと顔を見合わせて笑い出す。
「なんじゃ。そんなに面白かったか?」
「はい。パパの好きなパイナップル型のクッキー。」
さつきがおもむろにハワイで買ったお土産をCEOに渡す。
「はあぁ?どうしたんじゃ、これは。」
「もちろん内緒よ。ね、トム。」
・・・・・・・
「平気そうね。つまらないわ。」
ロサンゼルスに到着して向かった先は、CEOが懇意にしているオーダーメイドの洋服店だ。事前に俺が利用しているイージーオーダーの店を聞かれたから、ある程度のサイズは、知っているようでより完璧に仕上げるために、細かな採寸をするらしい。
問題は、この店のオーナー兼デザイナーがどうみても、オカマだったからだ。この業界には、多いと聞いていたが自分がその立場に立つとは、思わなかった。奥のフィッティングルームにドナドナされていくのを、CEOがニヤニヤしながら見送っていた。
フィッティングルームに入ると180センチはあると思われるオーナーの前でパンツ一丁になるように即される。相手は、どんなふうに見えても男で恥ずかしがることは無い。何の感情も出さないように努めながら、服を脱いだ。
彼は、事細かく採寸していく。さらに、全身をベタベタと触ってくる。どうやら、筋肉の付き具合でシルエットが変わるということらしい。
「別に性的なことがしたいわけじゃ無いのだろう?」
「もちろんよ。これは、私の大事な仕事よ。ただ、初めての客は、嫌がるから必要以上に触ってあげるのよ。」
「よくそれで客が来るな?」
「仕事に妥協をしないからじゃない?縫製技術では、ロスでトップクラスだと思っているわ。歴代の大統領も利用してくださるのよ。」
「俺の醜い身体を触っても仕方がないだろう?」
中年太りこそしていないが、毎日頑張ってスポーツジムで鍛えているわけでは無いのだ。
「そんなことはないわよ。逆に変に作られた筋肉よりは、ずっといい。それに、その甘いマスクも好みのタイプよ。」
とりあえず、後半は聞き流すことにした。
「そういうもんか?」
「ええ、背筋はピンと伸びているけど人を威圧するような身長や体格は、商売人に必要ないと思うの。」
だが、そういうところが異世界で貴族達に舐められる要因なのだろう。
「不満そうね。そういった存在感を醸し出すような服も作れるけど。」
「それは、是非とも欲しいな。TPOで使い分けたいから・・・。お願いできるかな?」
「了解、全て任せてくれるならね。」
「出来上がりを楽しみにしているよ。」
「ええ、最高のものをお渡しできるわ。」
「ゴンCEOもこうやって採寸を受けているのか?」
「まあね。でも、初めで懲りたらしくて。ここ10年は、身体の体型を変えないことで乗り切っているわ。でも、年齢も年齢だから、そろそろ体型も変わっているはずよね。」
「そうですね。病み上がりですから1センチも変えずに済ますことは、できないんじゃないかな。」
「なるほど、いいこと聞いたわ。それは、是非とも測らなくては。」
・・・・・・・
「カズヨシ!体型変わったでしょ。」
「そ・そんなことないぞ!」
「うそは、ダメよ。私の目は、節穴じゃないんだからね。採寸しなおすから来て頂戴。」
今度は、CEOがドナドナされていく番だ。あのCEOが涙目になっている姿に必死に笑いを堪える。
「トム。大丈夫だった?なにもされなかったでしょうね。」
「彼も仕事だよ。採寸のために触られただけさ。」
「ならいいけど・・・。」
「日本では通用しないから声高に言わないがお客さまならゲイもノーマルも俺にとっては、同じことなんだ。そんなことでチャンスを逃すほどバカじゃない。ま、プライベートは、女性がいいがね。」
と、さつきに笑いかける。
「でも、多すぎるわよ。マイヤーさんにアヤ、ミンツ、幸子に、紀子、千代子で私の7人よ。」
「おいおい、嫁じゃないのも入っているぞ。しかも、幸子は、君が推奨したんだろ。毎回、どれだけの理性を働かせていると思っているんだ。」
「え、まだ手を出していなかったの?」
「もちろんだ。昨日なんかスケスケのネグリジェ姿だぜ。」
「本当にいいのに・・・。」
「そこまで言われると、愛されてないのかと思うからやめてくれ!それに、和義さんになんて説明するんだい?」
「そ・・それは。」
「日本では、無理だろ。だから煽らないでくれると助かる。」
俺は、さつきを抱きしめて言った。
・・・・・・・
「店でイチャつかないで!」
結構な時間が経過したあと、CEOがぐったりしながら出てきた。よっぽど抵抗したのか、それとも、彼が今まで触れなかった分を取り戻すように過剰に触ったのか・・・。まあ、CEOの名誉にかけておそらく後者と思いたいところだ。
「トム・・・喋ったな?」
「ええ、でもCEOが事故にあって長期療養していたことは、周知の事実ですよね。それに、顧客のサイズを常に把握することが彼の仕事でしょうから。何か問題ありました?」
「まあ、その・・・なんだ・・・もういい。じゃ、ヨシュアよろしく頼んだぞ。」
そこでようやく、彼の名前がヨシュアであることを知った。実は、CEOが俺になんの前知識も与えずに店に連れ込んで、彼に引き渡されたのだ。もう、性格が悪いなこの人は。
そろそろ話が急展開にトムはいったいどんな人物に会うのか・・・。




