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DistancE-KANA  作者: 蒼原悠
第二章 distress――春怨――
8/57

episode08 「……ありがとう、って、言いたくて」

 「──で、今ここにカナがいるってことは……」

 「うん」佳奈はペン先の部品を玩びながら、言った。

 「何も反応出なかったよ。OKだって」


 ……そう。反応は何も出なかったのである。

 壁が爆発四散し高校生男子が二人も吹っ飛ばされたのに、すぐ前に立っていた佳奈はほぼ(ブレザーの埃を除けば)ノーダメージ。普通に考えて、超能力の類いが備わっていなければ出来ない芸当だ。ところが、警察の大型バンの中にどっかと据え置かれていた「超能力電磁波計測装置(かけられている人間からごく微弱なψ線──超能力電磁波を感知し、サイキックかどうかを判断するらしい)」とかいう機械にかけられても、サイキックらしい反応は何も出なかったのである。つまり無罪放免で、しきりに首をひねる刑事をよそに佳奈は無事教室へと戻ってきた──というわけだ。

 「よかったじゃないカナ。変な嫌疑掛けられなくてさ」ややホッとした声でそう言ったのは、前の席に座る背が低めの女子、リオ──湯河原(ゆがわら)理苑(りお)だ。「もし隠れサイキックだったら大変なことになってたよ?逮捕されて尋問されて拷問されて」

 「拷問って……」

 「うん…嫌疑は掛けられたんだけどねリオちゃん……」

 とは言うものの、苦笑いの奥で佳奈も正直ホッとしてるのは事実だった。なんせこれまで繰り返し脅しのように「サイキックが事件を起こしたら死刑」「下手したら器物損壊程度でも懲役二十年」「届け出が無かった場合は刑の重さが倍」「現行犯は射殺」なんて教わってきたのである。

 これだけ聞くともうサイキックが超危険な犯罪者かテロリストにしか聞こえないのだが、間違っていると声を大にして言えない現状もまた事実であった。


 ──「しかしまあ、カナも二日連続で災難だったねぇ」

 なぜかニヤニヤ笑いを浮かべる唯亜。

 「二日連続?」

 理苑が訊ねる。そうか、リオちゃんは知らなかったんだっけ───

 「……」

 口を開いてから、気がついた。唯亜は、佳奈の口からお姫さま抱っこキャッチされたあの事件を喋らせようとしているに違いない。

 その手に乗るか!

 「……いや昨日ね、私足の同じ場所を二回も机の角にぶつけちゃって」

 てへぺろ。

 「うん?」理苑は半笑いの顔で佳奈を見た。「それと今日のアレってずいぶんレベルが違わない?」

 目が、笑っていない。いや、興味津々すぎて笑うのを忘れてるって感じだ。

 「え?さっ…さぁ…他になっ何があったかなぁ……?」

 誤魔化そう。ここは何とか誤魔化────

 「お姫さま抱っk」

 「イヤァァァァ───────ッッッ!!!」

 佳奈は叫びながら唯亜の口をふさぎにかかった。するりと逃げ出す唯亜。

 「え、なになに?」

 ──リオちゃんもそんな目で聞くなーっ!!

 「だーかーらーお姫さまd」

 「ちょっやめてユア─────」

 「みーなーさーんー」イスの上に立つと、唯亜は大声で叫んだ。疎らに座るクラスメートの顔が全員こちらを振り返るほどのボリュームで。

 「ここにーいるー二宮カナさんはー昨日ー、おーh」

 「だからやめてって言ってるでしょ───────!!!」

 イスの上から見下ろす唯亜に掴みかかろうと、佳奈は地面を蹴った。

 目前に机がある事など、目に入っていなかった。

 すなわち、太ももを、

 ゴン。

 「痛ッたーっ!!」

 タイミングよく、佳奈の悲鳴が唯亜の声をかき消した。

 「……あんたって、なんでそうそこをぶつけるのが好きなの?」

 呆れ半分、哀れみ半分といった顔で、唯亜は呟く。同じく呆れ顔の理苑、

 「カナごめん、前言撤回するよ。三回連続は確かにすごいわ」

 「……今さらそこ理解されても困るよリオゃん……」

 「冗談、冗談」唯亜は笑いながらイスの上から下りてきた。「さすがに友達の秘密をみんなに公にする趣味は私にだってないよ」

 「じゃあなんで……?」

 今にも泣き出しそうに目を潤ませる、佳奈。リアクション目当て、と言おうとした唯亜は、二の句が次げなくなる。

 佳奈を見ていると心底思う。美人は得する、って。

 「……何でもないよ」結局、そう言うしかなかった。


 すると。ガラガラと戸の開く錆び付いた音が、唯亜の背後から聞こえてきた。

 「なーにぐずってんのカナ」

 扉を開けて入ってきたのは、絢南だ。購買に行っていたらしく、手にはビニール袋をぶら下げて。

 「……足」

 「またぶつけたの?」苦笑する絢南。「あたし並にドジだよそれ」

 「アヤのドジとうっかりは筋金入りだからな」

 「そうそう、昨日もさ───」

 言いかけて、絢南はケータイを見、そして佳奈の顔を見やった。机に寝そべって鉛筆を転がしていた佳奈は、ぼんやり昨日の事を思い出す。

 ──昨日って確か、電車の中で……

 はっとした表情で佳奈が絢南の目を見上げるのと、絢南が怒りの目付きに変わるのがほぼ同時だった。

 「──ょくも昨日はあんたのせいで──!!」

 「しっ知らないよー!てか何のこと!?私昨日はアヤちゃんには何も──」

 「あんたが余計な電話を掛けてこなければあたしはあんな辱しめを受けなくて済んだのに───!」

 「え!?それガチで何のこと!?」

 「ちゃ…着信音をじゅっ塾の人に聞かれたの!!」

 「っそんなのマナーにしとかないアヤちゃんが悪いよ!てかいったい何設定してたの!?」

 佳奈の方が正論であった。歯噛みする絢南に唯亜が、

 「あーそれ私が前に勝手に設定したやつじゃん?確か、〇点のオープニングの」

 「──犯人はお前かぁーっ!!」

 「で、さぁ」さすがバスケ部のエース、飛びかかってきた絢南を片手で受け止めると、唯亜は佳奈に問いかけた。「電話って、何の話?」

 今度は、本当に知らなさそうだ。

 「あ、えっとね。ちょっとアヤちゃんに言いたい事があったから……」

 絢南が口を挟んだ。「助けてもらった男子の名前が分かったとかなんとか報告してきたの!」

 ──あ。言わなきゃよかった。

 絢南の声に、佳奈は自ら墓穴を掘ったことに気がついた。が、今更遅い。一度食いつくと、ニヤニヤモードの唯亜は絶対に獲物を逃がさない。

 「へー、わかったんだ。そっか、ブローチ真紅だったからこの学年だもんね」

 「いやっちょっ…」

 「そうそう、そんで大興奮のメールがそのあと……」

 「アヤちゃんっ!!」

 ってことは、と呟いた唯亜がカバンをゴソゴソ漁る。登場したのは緑とオレンジに彩られた生徒手帳だ。

 「な…何するつもりユア……?」

 「決まってるじゃん」唯亜は手帳の中に挟まっていた学年名簿を引っ張り出した。ギャーギャー騒ぎだした佳奈を絢南が捕まえる。

 「たしかユースケとか呼んでたよね?」

 「ユースケだったと思うよ。ほら、階段下の方で誰かが叫んでた」

 「へぇホントだ。C組一番。伊勢原雄介」


 ──C組?

 もがく佳奈を掴まえたまま絢南は紙を見る。間違いない。だけど、何か引っ掛かる。

 「あれ?C組って今さっき」

 「あ」

 唯亜と絢南(と、さっきから完全に部外者扱いの理苑)は、揃って佳奈を見た。

 C組。ついさっき、爆発事故のあった場所だ。

 特に用事でもない限り佳奈がC組に行くとも思えない。けれど偶然とも思えない。と、いうことは。

 「カナまさか……」

 崖っぷちに追いつめられたサスペンスの犯人のように、佳奈は悄然としてイスに座る。

 ここまで見抜かれたら、隠せない。「──うん」

 驚きのあまり目を見張る唯亜に絢南。ポカンとしてる理苑──は、どうでもいいけど。

 「まさか、あいつ──いや、伊勢原の事が?」

 「つーかあんた、"恋愛なんて絶対しない宣言"してから数分しか経たない間に」

 「違う違う違う!!」

 途端に必死に否定する佳奈。「好きになったとかそういうんじゃ」

 「じゃあ何しに行ったわけ」



 唯亜の真っ直ぐな質問に、佳奈は正面から答えることが出来なかった。

 というか、勢いで「好きになったんじゃない」と言ってしまったけれど。実際どうなのかなんて佳奈自身にも分からない。答えを、出したくない。


 ──『素直になれって。またあの温かい手が握りたい、って言っちゃいなよ。それが本心なんでしょ?』


 どこか見えないところに、耳許でそう囁くもう一人の自分の姿があった。どこか温かみがあって懐かしいその声は、階段事件の日に聞いたものと同じだ。

 ──違う。ただ私は……


 「……ありがとう、って、言いたくて」

 佳奈はそう答えて、ちょっと間を空けた。一気に言いきれる自信が、なかった。

 「あのとき、私はあの人にきちんとお礼出来なかった。だから、もう一度会ってちゃんとお礼がしたかったんだ」



 沈黙が、半径五メートル以内を支配する。さすがに気まずいので、一拍空けて佳奈はまた続けた。

 「ま、結局叶わなかったけどね」

 「なんだよー」唯亜が机に後ろ手をつく。「そこでちょっとこう、何か進展があったかって期待してたのにー」

 「……そこに期待されても困るんだけど……」


 「あのさ、話がよく見えないんだけど」

 佳奈は声の主を見た。居心地悪そうにイスに座っている理苑が、小さく手を上げている。もはや存在すら忘れていたことに今頃気づく残りの三人。

 「ん?」

 「ほ、ほら私は昨日何があったとか何も知らないから」

 佳奈の顔を見る。

 「その伊勢原くんって人とカナは、両想いなの?」


 「ぜったいに違う!!」


 かなしいかな、三人の声は見事にハモった。




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