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DistancE-KANA  作者: 蒼原悠
終章 bistable――未来――
56/57

episode56 epilogue-1 「人間、前向きに生きていけば何とかなるもんなんだ」


 「────綺麗だな」

 「そうですね……」


 戸塚、磯子、それに青葉。三人の刑事は並んで、空を見上げていた。黒で塗り潰されたキャンバスに、大音響と共に花が咲く。

 「ホント、ラッキーでしたね。捜査が入ってたら、会場警備なんて来れなかったでしょうし」

 「まあな」そう言って缶ビールを勢いよく開けた戸塚を、青葉は睨む。「ちょっと、職務中に飲まないで下さいよ。酒癖悪いの知ってるでしょう?署まで連れて帰るの、大変なんですから」

 「硬い事を言うな。おい磯子、お前も黙ってないで何か言わんか」

 さっきから一言も喋らずにいる磯子の肩を、戸塚は叩く。「疲れてるのは分かってるがな。あれから今日でちょうど一ヶ月だ。町も順調に復旧してきている事だし、もっと喜べ」

 「……素直に、喜べないんですよ」

 一際巨大な花火が上がり、磯子の横顔が煌々と照らされた。「色んな事が、変わってしまいましたし……色んなものも失ってしまった気がして」

 「まあな」

 目を細める、戸塚。「確かに変革は多かった。特に、湘南中高の件ではな。だが、あれは却って良かったんじゃないかと思うがな」

 「俺も、そう思うぞ磯子」

 口を挟んだのは青葉だ。「警視総監賞なんて、立派なもんだろう。それに何よりあの子は俺達警察に、もっとサイキックを信頼したっていいんだって教えてくれたんじゃないか?」

 「そうだといいんですけど……」

 磯子は、目を伏せた。


 あの日。

 二つの超能力事件の最重要人物とされた中学生の少女・二宮佳奈は、あろう事か単独で乗り込んだ図書館内から行方不明の七人を全員救出し、その上接近中に墜落しかかったヘリの体勢の立て直しにも一役買って、生還したのだった。本来なら二回死刑にされねばならないほどの重罪はこの救出劇によってチャラになったばかりか、警視総監賞というオマケまでついてくる程の「功績」となった。事件の経緯は全国放送のニュースで繰り返し報道され、瞬く間に日本中に広まった。

 さらに、この事件をきっかけに現行法に対する疑問の声が各地から噴出。サイキックこそ、もっと人権を守られるべきだ。刑罰が重すぎる、これでは超能力を生かす事が難しい。云々。挙げ句の果てに国を相手取った裁判まで起こされる始末で、つい三日前に国会に提出された新法案には超能力の大幅な規制緩和が盛り込まれているという。

 サイキックを縛りつけていた鎖は今、少しずつ緩む方向に進んでいる。


 戸塚は、落ち込む部下の肩を優しく叩いた。

 「そりゃあ、今回の噴火と地震で失ったモノは多いだろう。でも、それ以上に学んだ事や得たモノの方が多かったと俺は思う。人間、前向きに生きていけば何とかなるもんなんだ。分かったら磯子、飲め飲め」

 「だからやめて下さい」

 戸塚から缶を奪い取る青葉。


 平和な日常の一片が、ここにも落ちている。

 何だか急に温かな気持ちになって、磯子は二人に小さく頭を下げた。

 「あ、礼か? そんなもの要らんから酒を持ってこい」

 「だからッ!」

 どこか、楽しげに騒ぐ二人。

 その後ろから「なんだ、ここにいたのか!」と加わってくる一団があった。葉山ら、特能対の面々だ。

 みな、表情は晴れやかだった。嘆息すると、磯子は空を見上げる。



 ――俺が考えを変えたのは、間違ってはいなかった。


 ありがとう、伊勢原くん。それに、カナちゃん。

 俺を変えてくれたのは、きっと君たちだ。



 空高く上がった双子の花火を見つめる磯子の瞳は何に依るものか、輝いていた。


     ◆  ◆  ◆


 所は変わって、砂浜の端。

 賑わいから少し離れたところに、中学生の集団がいた。

 正体は今更言うまでもあるまい。

 ――「へえ、あんたの浴衣ちょっと格好いいじゃん」

 誉め言葉に、鼻の下を伸ばす一樹。「まあな。テキトーに選んだ訳じゃないし。つーか、男子勢で浴衣って俺だけだよな」

 「うちに無いわけじゃないんだけど、着てくるの面倒でさ……」

 泰雅の言い分ももっともではある。が、

 「何言ってんのさー。面倒だからこそ可愛くてカッコいいのが浴衣じゃん。着てくればよかったのにー」

 扇子をバタバタ扇ぎながら明音の言うこともまた、真理であった。「ま、私の魅力には勝てないだろうけど♪」と余計な一言を言わなければカッコいいセリフだったのに。

 「あ、アカネ新しい彼氏作ったんだって?」

 唯亜が尋ねると、明音はちょっと照れくさそうに笑う。「あ、ばれてた?いやー、まだそこまでは至ってなくて………………って何で知ってんの!?」

 にやりと笑う唯亜と苦笑いする絢南。横で宏太が、ぽつりと溢した。

 「あー、有名なんだってな。何人もの男子生徒を振ってきたツワモノだとか何とか、ユースケが言ってたっけ……」

 その背中に、髪を弄りながら唯亜は真顔で訊ねる。

 「そういう秦野、彼女は連れてきてないの?」

 !!!

 一樹と宏太(と泰雅)の顔が一瞬で青くなった。

 「……彼女、いたの……?」と理苑まで青くなる。いや、こっちはもう青を通り越して紫色だ。

 「ふふん、私の情報網を舐めないでよね。目撃情報がもう山のように────」

 「……秦野くん……」

 「分かった分かったっ!」慌てて押し止めようとあたふたする宏太。「その……隠してたのは悪かったよ。だけどさ、何か本当の事言ったらみんな離れてくような気がしてさ……。友達とか……」

 「なに泣きそうな顔になってんのよ」

 唯亜は笑った。「あんたって意外とビビりなんだね」

 「…………」

 図星らしい。少し俯く宏太の向こうで、華やかに火花が宙を舞う。

 「って事だけど、アヤあんた確か秦野のファンだったよね。どう思う?」

 「違うよ!」絢南は目を剥いた。「あたしそんな事一度も────」

 「ほら前に「確かに秦野くんはいいよねー」って……」

 「それだけで!?」怒鳴った絢南の掌に、

 パシッ! と軽い音が響く。

 「……え?」

 「あ、ごめん」手を合わせたのは宏太だった。「ちょっと、蚊がいたから……」

 見るみる紅色に染まる、絢南の顔。

 「あれあれー? さっきの発言はどこに行ったのかなー?」

 「うっ五月蝿いっ!べっ別に赤くなってなんか──ってこら写真撮んな大和っ!」

 「今更遅いな。お、綺麗に撮れた。fa〇ebookに上げとこ」

 「やめてっ!」


 ドンッ。

 腹に染み渡るその爆発音に、八人の中学生達は空へと目を移す。大きなリチウムの華が、辺りを緋色に照らし出した。


 「……キレイ、だよね」


 魅夕が、呟く。

 「もうちょっと、素直な気持ちであの花火を見られたらよかったのにな……」

 と溢したのは、泰雅だ。

 「……しょうがないよ。そもそもこれ、復興祈念の花火大会なんだから」

 ぽつりと返した絢南の後を、頭の後ろで手を組んだ一樹が続けた。「……みんな、大変だったり辛いのは同じだって。俺達は確かにちょっと重かったけど。むしろ今の俺達がすべきなのは、あれを忘れない事だよ」

 「……そうだよね。私達でさえ、まだマシだもんね」


 広い砂浜の彼方を、唯亜は眺めた。普段の辻堂海岸の数十倍の混雑の中でも、その姿はちゃんと見つかった。



 「……あの()に、比べれば」






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