表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DistancE-KANA  作者: 蒼原悠
第六章 distance
53/57

episode53 「ホントにホントに、嬉しかった」



午前十一時五分。



ぐったりと壁に凭れていた雄介は、耳の奥で誰かが叫ぶような声を耳にした。

──誰の……?

よろよろと立ち上がる。血塗れの制服が重たい。まだ意識があるなんて、正直驚きだった。

――俺、どうしても死にきれないんだな……。


と。

空気が収縮するような微かな音が、立ち上がった雄介の耳を掠めていく。


そして、


───────…………


それは、聴神経が全部まとめてぶっ千切れたかと思うほどの、爆発音だった。

バラバラと細切れになった金属片や塵が、竜巻のように吹き荒れる。


次に目を瞬いた時。


そこには、


佳奈がいた。


手が届かないと諦めたはずの存在が、そこにいた。


左肩と後頭部から、どくどくと流れる血。制服が裂け僅かに覗く肌からも、血。髪には埃や赤黒い液がこびりついている。あまりにも痛ましい、その格好。けれど見誤るはずがない。

雄介があれほどまでに探し求め、もう会えないと一度は諦めた、その人なのだから。



「──────、」

「──────。」

向かい合ったまま、二人はその場で固まる。

あまりに呆気ない発見に、佳奈の思考回路は完全に停止していた。が、感覚センサーは絶賛稼働中だ。

佳奈から見ても、雄介の出で立ちはあまりにも痛々しかった。制服の半分近くが赤く染まり、怪我の凄まじさを物語っている。腕も何もかも泥だらけ、埃だらけだ。


また、用意してた言葉が出てこない。


否、今回は言葉の用意すらしていなかった。何を言えばいいというのだ。何を求められているというのだ────


カナ(・・)……!」


傷付いた身体に掛かる、強い力。


気がついたら、佳奈は雄介に抱き締められていた。


「ごめん……!こないだの事、本当にごめん……!俺、言い過ぎた……!ごめん……!」


佳奈を自分の胸に引き寄せ、雄介は震える声で何度も何度もそう繰り返す。紅炎の唸る音に混じって、それが涙声に変わってゆくのが分かった。


佳奈の両目から、透明な雫がこぼれ落ちた。今度は蒸発する事なく、床へ落ちてゆく。


「ユースケくんっ……!」

雄介の背中に両手を回し、佳奈も雄介を抱き締める。泣きながら。

「わっ……私こそ、ごめんね……!もっと、ちゃんと……!」

思うように、言葉が浮かばない。

それでも、気持ちは伝わっている気がした。雄介の想いを、佳奈も受け取っていたから。

「もう……、ぜったい離さない……っ!」

そう叫ぶたび身体中から力が抜けそうになって、佳奈はますますぎゅっと雄介を抱き寄せた。それに呼応するように、雄介も腕にかかった力を強く、強くする。


赤熱の火焔に包まれた図書館の一角で、再会を果たした二人は止まらぬ涙を流しながら、しっかりと抱き締めあった。

物理的距離も、心の距離も、今はゼロだった。

例え、それが今だけの幻想だったとしても……。



「こちら、DH2ー30。現在、神奈川県藤沢市上空へ到着しました。確認ですが、要救助者は八名。場所は辻堂駅前の高校校舎ですね?」

握り締めた無線のマイクにそう吹き込むと、機長はコックピットの窓から下界を見下ろす。遥か眼下に、巨大な校庭を持つ横長の建物が見えた。その脇に建つガラス張りの建物の一角から、竜のように炎が巻き上がっている。

「DH2ー30、了解。確認事項、全てあっています」

管制室からの応答を聞くと、今度は横で難しい顔をした救急隊員に尋ねる。「泉さん、あそこに見える校庭の中央に着陸でいいかな?ちょっと建物からは距離があるが……」

「大丈夫です」苦い顔の泉。緊張しているのか。「しかし、すごい火と煙ですね……」

「なに、着陸に影響はないさ。周りの木に燃え移られたらヤバイがな。むしろ怖いのは火山灰の方だ、下手するとローターに詰まって動かなくなっちまうかもしれないからな」

余裕の笑みで返しながら、彼はまた操縦捍を握り直す。

眼下に見える湘南中学高等学校の図書館棟は今や、痛みに耐えられず流す涙のように炎を吹き上げ、倒壊へのカウントダウンを刻んでいた。



ボンッ!

「!!!」

腹から突き上げるような爆音に、二人は思わず肩を震わせる。

「……何が、起きてるの……?」

「……多分、ガス漏れだ。さっきから、あちこちで爆発が起こってる……」

雄介が言うのと同時に、どこかで金属の折れ曲がる嫌な音が響いた。

もしや、建物の崩壊が始まったのか。

「……どっ、どうしよう……!」

しゃくり上げながら佳奈が漏らした途端。大きな音と共に近くの柱が倒れ、天井が歪んだ。

「……ヤバイな……」

呟いた雄介の目が、さっき佳奈が穿った大穴に向かう。「このままじゃ、逃げ遅れる……。そっから下りられれば……」

だが。ううん、と佳奈は首を振った。「高さがあるの。あんな所から飛び降りたら……」

「何言ってるんだよ」

目の端を拭い、雄介は佳奈の目を真っ直ぐ見つめる。

「お前、超能力者(サイキック)なんだろ?」

「でっ、でも……ユースケくん超能力が嫌いだって……」

「今はそんな事言ってる場合じゃない」

そう言うと、雄介は震える佳奈の手を取る。「大丈夫、俺がちゃんと見てるから」


頷いた。

――それなら、力を使おう。私はただ、超能力のせいでユースケくんに嫌われるのが怖かっただけなのだから──


恐ろしい事に、気がついた。

真っ青な顔で佳奈は雄介を見上げ、言う。「……私、あと一回しか超能力を使えない……!」

「一回!?」怒鳴り返す雄介。「なんで……!回数制限があるのかよ!」

「わっ……私、完璧なサイキックじゃないの……。だから……だから、ぜんぶで十五回しか使えないの……!」

絶望的な表情を浮かべる雄介が目に入り、佳奈はまた顔を覆ってしまった。「……ごめんね……!肝心な時に役に立たないなんて……サイキックの意味ないよね……!」


だが。

「そんな事ない」

強い声でそう言うと、雄介は再び泣き出した佳奈の肩を優しく掴んだ。

「一回で出られる方法を、考えよう。きっと何とかなる。悲嘆に暮れるのは、まだ早い」

それに、と佳奈の脇腹に手を遣る。「カナ、身体中傷だらけだろ。脱出よりも先に、そっちを治す方がいいかもしれないぞ。脱出する前に怪我で斃れたら、お仕舞いだから」

……この状況でも佳奈を思いやってくれる雄介の優しさに、佳奈の嗚咽は余計に酷くなった。


──もう私、今すぐ死んでもいい。ユースケくんが生き残ってくれさえすればいい。どのみち、この怪我では私の身体はもたないよ。それなら、大好きな人に生き延びて欲しい……。


「…………私が、私がユースケくんを転送(テレキネシス)するから……」

泣き止んだ佳奈は雄介から一歩離れた。その指で、床の一点を指差す。「転送(テレキネシス)、なら、隙間がなくても使えるの。そ……外にはもう、私がさっき助け出した人達がいるはずだから……。その人達と、合流……して」

返事を待たず、瞼を閉じた佳奈は雄介の胸に向かって手を広げた。その手を、雄介が掴む。

「待てよ。それじゃカナは……!」

見開かれた雄介の瞳から、光が薄れてゆく。こくん、と佳奈は頷いた。

「……十五回超能力を使ったら、私は三時間気絶しちゃうの。その間に火が回ってくるだろうから、多分もう、これでお別れだね……」

「そんな……!」

雄介は叫んだ。「ふざけんなっ!まだ諦めるのは早いって言っただろっ……!」

それでも、頑なに佳奈は首を振った。

「……私ね、嬉しかったんだ。ユースケくんに抱き締めてもらえて。ホントにホントに、嬉しかった。だから、もうこれ以上何も要ら────」

ズキンッ!

刹那、血で汚れた腹部に強烈な痛みが走った。

「っくう……っ!」

声にならぬ声を漏らし、佳奈はその場に踞る。思っていた以上に、大怪我だったのだ。

肩を掴み「おいしっかりしろ、カナ!」と怒鳴る雄介さえ、今はもう見えない。

けれど、急がないと手遅れになるという危機感だけは、頭の隅に刻み込まれていた。。

薄れてゆく意識の中で、叫ぶ。

(テレキ)────」


パンッ!


左頬に走る、ひりひりとした痛み。

ショックで目を開いた佳奈は呆然と、前を見上げた。

「……ごめん。こうするしか、なかった。こうしなきゃ、止められなかった」

平手打ちの姿勢を崩さぬまま、下を向いてそう言う彼の姿があった。

ぺたん、とその場に座り込む佳奈。その肩を手に取り、雄介は言った。

「……けど、分かってくれよ。俺だけ生き延びるなんて、嫌なんだよ。一人だけ脱出出来たって、お前がいなきゃ、意味ないんだよ。だから、」

笑った。

「……例えどうなっても、一緒がいいんだ」




遥か彼方に見える横長の校舎の向こうから、突如上がった火の手。

「カナ……!」

立ち上る煙に向かって手を合わせ、絢南は瞼を固く閉じた。

──大丈夫。きっと、大丈夫……。

「……ドクターヘリ、現場上空に到着したそうだ」

少し弱々しい、けれど芯の通った声が横で響く。磯子だ。

「後は、カナちゃんを信じるしかない。彼女なら閉じ込められた人達を助け出せる、って……」



「カナ……死んだりして、ないよね……」

ケータイの画面を見つめ、唯亜は消えそうな声で言った。さっきから何度も呼び出しをしているのに、返ってくるのは電波不通を伝える冷たい機械音声ばかり。木々の向こうで昇り竜のように暴れる炎の渦は、そのたびにどんどん大きくなっていっているように見えた。

「……ケータイが繋がらないくらいで死んだなんて考えるのは、早とちりだろ」

斯く言う一樹の顔からも、色が消えている。

不安なのは誰だって同じだ。二人の背後では理苑と魅夕が、まさしく顔面蒼白で学校の方を見つめていた。佳奈の話は既に学年中に広まっている。体育館の中でも、きっと沢山の人が祈っているはずだった。

今は誰もが、祈る事しか出来ない。

「カナっ!」

燃え盛る火柱に向かって、唯亜は叫ぶ。

「大怪我したり死んだりしたら、許さないからね!まだ謝ってもらわなきゃならない事が、いっぱいあるんだからねっ!これからはもっと、もっと……!」

最後は、声にならなかった。呼応するように、激しい爆発音が轟いた。



宏太が。

泰雅が。

安否確認に奔走しながら、茅ヶ崎が。

小田原の家で行方不明の報を受けた、母が。

被災したビルの窓から箱根を見上げ、父が。

座間の腕にしがみつき、飛鳥が。

青白く輝く画面を前に、青葉が。

特能対の刑事たちが。

戸塚が。

佳奈と関わる全ての人が、祈っていた。

脱出の成功を。

怪我のないことを。

行方不明者の全員発見を。

生存(・・)を……。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ