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DistancE-KANA  作者: 蒼原悠
第六章 distance
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episode50 「誤魔化さないでください」

「……治った……?」

頭に手を遣り、雄介は暗闇の中で低い声を出した。

べったりと血は付いているが、痛みが感じられない。それに、新たに出血もしてなさそうだ。

そんな馬鹿な。ものの数分であの大怪我が治るなんて、あり得ない。

まだ少しふらつく頭を振りながら、腰を上げた雄介は辺りを見回した。

そういえば、数秒前の爆発音を最後に、あの音が聞こえなくなった。

さっきまで、漂うように聞こえてきていたブザーのような音が。

まさかあれ、ψ線センサー……?ここにサイキックが来ているのか……?

いやいや、と雄介はまた首を横に振る。

──超能力者(カナ)が、こんな所へ来る訳がない。俺の事なんか、救う気なんてあるはずがないだろ。

それに、十万人に一人しかいないサイキックがこんな所にいるわけない。きっと何か、別の音だ。

そうなりゃ、自衛隊の捜索部隊でも待つしかないか……。


「二宮、どうしてるかな……」

崩れ落ち、横向きになった本棚に腰掛け、雄介は呟いた。

はあっ、と長い息を吐いた。呼吸するたび、魂が抜けてくような気がした。


──何だ、この臭い……。



「善行地区、四千五百世帯避難完了。周辺では大規模な火災が広がっています。先程から火山灰とみられる粒子が降り始めました」

「片瀬地区の避難完了率、現在約四十二%です。江ノ島大橋に亀裂が入っているとの情報があり、避難が目論見よりやや遅れています」

次々と入ってくる報告に指示を出しながら、防災センターの片隅で青葉はパソコンの画面と向き合っていた。青葉の役目は、消防との連携だ。警察と消防が合同で設置したこの防災センターでは、藤沢市の各所で発生している火災への対応を現場へ打診する役目も持っている。

巡回車両からの連絡だ。

「こちら交通課202。大庭城址公園の北四百メートルの地点で延焼が拡大しているとの情報です。至急対処願います」

「了解」

マイクに向かってそれだけ返すと、脇の消防隊員へそれを伝える。消防は衛星画像でそれを調べて消火を行うかを判断し、出動可能な消防車へ伝達する。ひたすらその繰り返しだ。


「……役に、立ってんのかな。俺……」

矢継ぎ早に入る報告の合間。思わず、本音が出た。

――まぁ、俺には家族もいるし。災害現場を走り回って心配かけるよりはましなのかもしれないな。

だけど。何だか、不甲斐ない。

見ているしか出来ないなんて。

「交通課231より、現在隣接市町村との境目を巡回中。辻堂駅北口再開発地区の北側住宅街から煙が上がっているのが確認できます。こちらには消防は向かっているのでしょうか」


──北口再開発地区?

「すまないが」と青葉は通りかかった消防隊員を呼び止め、地図を見せた。「ここで消火活動は行われているか分かるか?」

「いや、そちらには……」

「至急、消防車を回してもらえないか」

強い調子の声に何かただならぬ雰囲気を察したのか、「了解」と言うと彼は走り去って行く。ふう、と嘆息すると、青葉は地図を睨み付けた。

火災の場所は再開発地区の北側と言っていた。つまり、あの中高の校地に面しているはずだ。


何か、胸騒ぎがする。



「先生」

呼び止められ、名簿を手に歩いていた茅ヶ崎は振り返った。絢南が立っている。頬に何かの跡があるように見えるが、何だろうか。

「どうした、愛川」

「行方不明の人がいると聞いたんですが。誰の行方が分からないのか、ご存知ないですか?」

茅ヶ崎の口は詰まった。

あの時。予報もなしの大地震に動揺したのは、生徒だけではない。数多いた教師は三つの教員室でそれぞれ混乱を起こし、まともな連絡など取れぬまま避難が始まってしまったのだ。

──そ……そんなの大きな声で言える訳ないだろ……。俺達教師陣の不手際なんだから……。

目をそらし、素っ惚ける茅ヶ崎。「…………い、いや、俺はそういう話は特に」

「誤魔化さないでください」

絢南の鋭い目付きは、真っ直ぐ茅ヶ崎を捉えて離さなかった。「先生方、名前とか人数の確認一度もしてなかったじゃないですか。行方不明の人が出たっておかしくないでしょう。友達の居所が分からなくて戸惑ってる人がいるんです……。あたしも、その一人なんです…………」

……唇を噛む絢南を前に、返す言葉も無かった。

――確かにそうだ、俺達が焦らずにちゃんと連携していたら、こんな事にはなってなかったのかもしれない……。

「……すまん。今はまだ確認できていないが……行方不明の生徒と職員がいるのは確かだ……」

萎れた花のように首を深々と下げ、茅ヶ崎は謝った。

が。絢南は、言ったのだ。

「……いえ、謝らなくてもいいんです。それより、具体的に誰がいないのか、急いで教えて下さい。この学年だけでもいいですから」

「えっ……?」



「参ったな……」

覆面パトカーの車内で、磯子は頭を抱えていた。

青葉からの連絡から、早十分。避難所整理の人員が足りているので、湘南中高のΨ線センサーを確認するよう言われたのだが。街灯やら塀やらが倒れまくっていて、とても通れそうにない。

「火山灰も降り始めてるし……」

空を見上げ、磯子は無線機を手に取る。「こちら特能対103。目的地点に接近出来ません」

機械音声のような青葉の返答。「特能対103、理由は?」

「道路上に瓦礫が多数散乱しています。視界も悪化しており、無理に走行するのは危険です」

ああ、と声が聞こえた。

「それなら、何とかなる」

予想外の青葉の返事に思わず磯子は「はい?」と尋ね返す。待ってましたとばかりに、青葉の声が語り始めた。

「つい今し方、通報があった。避難完了の連絡を受けていた湘南中高だが、確認の結果、行方不明者が数名いるらしい。人手に余裕が出来次第、捜索に向かう。後でそっちに建設用重機を回すから、それまでは待機だ。まだまだ避難者が増えてるから、混乱が起きないように一時避難場所で整理に当たれ」

行方不明者!?

「りょ、了解……」

それだけ返すと無線機を置き、磯子は灰で霞んだ前方を見遣る。

この先にまだ、生存者がいるのかもしれない。そう思うと余計にもどかしいが、今は青葉の言葉を信じるしかなかった。




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