episode49 「あたし、また何の役にも立てないのか…………」
「ψ線センサー、反応あり!識別番号は792005、場所は一時避難場所の市営体育館付近一帯!」
窓の外を流れていく巨大スーパーの姿を横目に、警報が鳴り響く覆面パトカーの車内で磯子は無線に怒鳴る。「現地に直接向かいましょうか!?」
「今はそれどころじゃない。お前は取り敢えず当初ポイントへ向かうんだ。人手が足りるようになったら確認に回れ。それまではこっちで見張る」
青葉のマイク越しの声がヘッドホンを震わせた。「了解」と鋭く返すと、磯子はハンドルを力強く握り締めた。
──確か、湘南中高は市営体育館への避難が完了してたはず。またしても狙われたのはあそこなのか。俺達警察は結局、彼等を守る事は叶わなかったわけか……。
握る手の力が、強くなる。
行く手に辻堂の駅舎が見えてきた。先行する車両から連絡が入る。「一時避難場所に到着。周辺に設置されていたψ線センサーと防犯カメラがすべて破壊されている模様です」
「避難状況はどうなっていますか!?」
「周辺部の小中高校は、公私全て一時避難が完了しているとの事。駅南口の商業施設の客と、東京特殊製鋼辻堂事業所の研究員も収容しています」
「…………了解」
ハンドルを大きく切りながら、それだけ返事をした。
耳を劈くドリフト音とともに、磯子の乗る覆面車両は体育館の駐車場へ到着する。既に消防や覆面車両が数台並んでいた。間に車を入れ、シートベルトを外そうとした、その時だ。
甲高い警報と共に、カーナビの地図上に赤い点が表示される。
「識別番号730520……」
点滅する赤い丸を、暫し呆然と磯子は見つめた。
地点730520。そこは、湘南中高の敷地内だ。
バシュッ!
空気を切り裂く音を立て、佳奈は地面へと降り立った。
途端、急に力が抜け、地面に手をつく。
「……あー怖かった……。そういえば瞬間移動なんて使ったの初めてだ……」
目の前には、横長の校舎が壁のように立ち塞がっている。一階の一部から、まだ小さく煙が上がっていた。避難は完了しているはずだから、取り残された人以外には誰もいないはずだ。
これなら加減することなく、超能力を使える。佳奈は手を合わせ、唱えた。
「治癒」
目に見えぬ波が、学校の建物を飲み込んでゆく。効果範囲内の全ての人々の怪我や病気を無理矢理回復させる超能力、だったはずだ。校内に雄介がいるのなら、とりあえずはこれで一安心だろう。
超能力回数制限、十五回。既に三回使用した訳だ。あと数回で助け出さないと、自分も脱出出来ない。火が回ってきたら、お仕舞いだ。
ごくん、と佳奈は息を呑んだ。背後で喚くψ線センサーの警報など、気にならなかった。
──待っててね、ユースケくん。
……最後の一瞬浮かべた寂しげな笑みが、瞼に焼きついて離れない。
「……どういう事よ……?」
立ち尽くす四人の中で、一番早く凍結が解けたのは唯亜だった。絢南の方に向き直り、
「カナの口調だと、アヤもカナの超能力の事知ってたって事になるよね……。まさか、知ってて私達に黙ってたの?」
「…………………うん……」
渋々、絢南は頷いた。途端、怒鳴る唯亜。
「なんなの!?アヤも私の事を蚊帳の外に置こうとしたって訳!?私ってそんなに信頼ないの!?」
「違う!」
絢南も怒鳴り返した。不必要に心配掛けたくなかったから、と言おうとして、口が詰まる。
──違う。それって結局、唯亜達を輪の外に追い出したのとおんなじだ……。
「………………」
唇を噛む絢南。彼女を睨み付ける唯亜の目は、少しずつ落胆へと変わってゆく。
その時だった。
「何してんだよ、お前ら」
「……あ、大和……」
唯亜が口を開く。体育館の入口から出てきたのは、一樹だった。
「G組の集まってる所にいないからどうしたのかと思ったぞ。危ないから中にいろよ」
そこまで言ってから、一樹は少し眉を潜める。辺りに漂う微妙な空気に、気がついたのか。
「……二宮、どうしたんだ」
沈黙が、一瞬体育館の入口を支配した。
「……カナ、出てった」
消え入りそうな声で、絢南が答えた。「さっき、爆発があったでしょ。カナが物体破壊でセンサーを壊したの……」
「…………二宮、サイキックだったのか……」
黙っててごめん、と絢南は謝ろうとした。が、一樹の次の言葉がその口を閉じさせる。
「ま、そんなに意外ってわけでもないかな……。俺も一度は、その可能性を考えたし」
「え……?」
簡単だろ、と一樹は指を立てた。「お前らも聞いたと思うけど、爆破テロの時、現場には二宮以外に二人の野郎がいたんだよな。直前まで現場を見てた俺の目には、そいつらが口論してるように見えたんだよ。で、その後そいつらは記憶を失うほど大怪我をしたのに、二宮は無事だったんだ。悪いけど、どう贔屓目に見たって怪しいのは二宮だろ」
「…………」
完全に黙りこむ、絢南。「で、二宮はどこに行ったんだよ」と重ねて一樹は訊ねてきた。
「分かんない……」
四人とも、首を振った。佳奈は、何も言い残していかなかったから。
「…………もう、どうしたらいいのか……何も分かんない……」
「君達!中に入ってなかったら危ないだろ!」
突然、野太い声が場の空気を粉砕した。
声の主を見た絢南、思わず大きな声が出る。
「あ、上司に連れてかれた刑事さん……!」
「だから違う!」怒鳴りながら、声の主──磯子は急き立てるように腕を広げた。「ほら。外は危ないから、中に入って入って。通常の地震じゃないから余震の心配はないけど、さっきから何度もψ線センサーが鳴ってるのは知ってるだろ?」
──今、「何度も」って言った?
「いや、この辺りのψ線センサーは壊れてますし、そんな何度も音なんか聞いてませんけど……」
絢南が尋ね返すと磯子は一瞬目を丸くした後、合点がいったように頷いた。
「そうか、君達はここにいるから知らないんだな。さっきから複数回に亘って、君達の学校の校舎の周辺でもセンサーが反応してるんだよ。分かったらほら中へ入った入った」
途端、着信音が磯子の尻ポケットから流れ出す。いけない、とケータイを引っ張り出しながら磯子は釘を刺した。「いいかい、避難場所から出てはいけないよ」
ケータイを手に駆けて行く磯子の大きな背中に、絢南はぼんやりと視線を向けていた。
「カナ、伊勢原を助けに行ったんじゃ…………」
そう呟くように言ったのは、唯亜だっただろうか。
──そうか。佳奈は自分の超能力を使って、伊勢原を救出しようとしているんだ……。
あの日、何があったのか分からないけれど、佳奈はまだ伊勢原への想いを失ってはいないんだ。
あたし、また何の役にも立てないのか…………。
「大和、あんた何か伊勢原のネタ掴んでないの?居場所とか目撃情報とか」
一樹の前に立ち、唯亜は訊ねた。「いや、まだあんまりない……。もとからユースケは目立つようなキャラじゃないから、情報が少なくて……」と一樹が肩を竦めてみせると、その顔を指差す。
「あんたは兎に角、伊勢原の情報を集めて。私も色々聞いて回ってみるから」
息を飲み、首を縦に振った一樹が入口へ消えてゆくのを見届けると、今度は魅夕と理苑に向き直る。
「ミユとリオは、現場のチェック。リオはスマホユーザーだし、ミユ確かノーパソ持ってたわよね?市街の火災の状況とか、無いとは思うけど津波警戒情報とか、そういうのを教えて」
唯亜の豹変に戸惑いつつ、頷く二人。「…………ど、どうして……」と絢南が枯れそうな声で訊くと、唯亜は最後に絢南を振り返った。
驚いたことに、笑顔だった。決意で固められた、その瞳を除けば。
「……アヤが、それにカナが私達を締め出そうとした事は、今は忘れるよ。そんな事より私は、今はカナに無事に帰ってきてほしい。カナが苦しんでるなら、せめて友達として今カナにしてあげられる事を精一杯してあげたい。だから、カナの捜索に必要な情報とか状況とかくらいは、私達の方で提供してあげたいんだ。一般人の私達には、そのくらいの事しか出来ないだろうし」
「…………ユア……」
微かに震える肩を優しく掴んで、唯亜は笑った。「成績優秀なアヤは警察と教師の相手、宜しくね?」
「……ごめん……!ほん、とに……ごめんっ……!」
……なんで、こんなに涙が出るのだろう……。
「ほらほら、泣いてる場合じゃないでしょー?」
ハンカチを投げて寄越す、唯亜。「アヤには面倒臭い相手してもらわなきゃならないんだからさぁ、そんな泣かれたらなんか私が無茶なお願いしたみたいな気がして気分悪いしー」
「押し付けた自覚あるんだ……」苦笑いする、理苑。
「適材適所、ってヤツよ。私なら警察相手に暴言でも吐きかねないもんね」自慢気に言いながら、ハンカチを手に目尻を拭う絢南の手からそれを奪い取ると、唯亜は丁寧な手つきで頬にそれを当ててくれた。
唯亜の優しさが余計に今は嬉しくて、悔しくて、絢南はまだ涙を流し続けた。




